一つの幸せな村があったとする。
みんな人それぞれに仕事があって、不自由がない。
全員が朝9時から夜6時までのびのびと働いていた。
そんな中、Aさんがいいことを思いついた。数日間寝ずに働くことによって、自分の仕事を効率化することができた。それによってAさんの余暇が増えることになった。
これだと何の問題もない。他人への影響も一切ないからだ。
けれど、Aさんの思いつきと努力がBさんの仕事についてだと話は変わる。
AさんによってBさんの仕事量が激減したのなら、Aさんの報酬は増えるのが普通だ。一方でBさんの報酬は減る。
Aさんは少し贅沢をできるようになり、Bさんは生活ができなくなる。
Bさんは新しく報酬を得るため、従来とは異なる仕事をみつけなければならない。
これが見つけられないと、生きていくことができない。
効率化のアイデアによって、一つの不幸を産んでしまった例である。
では、未来の話。
機械化、IT化が究極的にまで進みかけた時、現代の人が行っている仕事は殆ど人力で行う必要がなくなる。
一部の人の少しの労働で、全てが事足りてしまう。
そうなると、多くの人はどうなるのだろうか。
全ては事足りているはずなのに、仕事がないから生活できないのだろうか。