先日小、中、高の友人たちが1年に1度集うクラス会に出席してきた。

ずーっと仕事の スケジュールがどういうわけか毎年調整がつかず不義理をしてきたのだけど、

孫のオリ❤️を母校の幼稚園に通わせようかという話しになり、20年ぶり位に下心を持って参加したのが2年前なのです。


昨日、いつも二次会をしているお店が無くなってしまい、流れ解散みたいになって、本当に久しぶりに再開したMちゃんとYちゃんと3人で最後お茶をして帰ってきました。

私は彼女たちと40年ぶり位にゆっくりしゃべった😅

Mちゃんは外交官の娘の帰国子女、Yちゃんは
某新聞社の創業者の孫でその新聞社の社長の娘であった。彼女の家、今から50年以上前におうちにプールがあって、応接間には暖炉があった(笑)

ヒマコは母親が毒親で小さい頃辛かったんだ、なんてこのブログでも書いている。

昨日の彼女たちは当時のヒマコから見れば、なんの苦労も無く幸せそのものの女の子に見えていた。

でも昨日何気なくヒマコの母親が元気にしてるかと聞かれた流れから、
『実はあまり母親とうまくいってない』
という話しになってしまった。

ところが、なんとそこにいた2人も母親との確執に悩んでいたことが有ったと言うのである。

外交官の娘Mちゃんは
『何せ、うちの両親は仲が悪くいっつもケンカばかりしていた。
母親は家事を放棄。身の回りの世話は全てお手伝いさんだった。
たまにお手伝いさんが休みでママがお弁当作るときは前の日のお味噌汁の具の汁を絞ったのがおかずになっていた』と言うのだ。

ヒマコビックリである。

うちだけじゃなかったんだ。。。

某新聞社のオーナー一族の娘、50年前から家にプールの有ったYちゃんも。。。

『うちのママはアル中だった。家事は勿論一切しない。通いのお手伝いさんが来ていたけれど、中学生になったくらいで辞めちゃって、それからは自分が家事をしていた。
夜ご飯はお寿司、天丼、鰻重のヘビロテだった。野菜なんか食べたこと無かった』

と衝撃的なこと言い出したのである!

もう、さらに、さらに

ヒマコビックリ!
だったのである。

『お寿司、天丼、鰻重が私のソウルフードなのよ』

と、彼女は笑う。

2人とも素敵な還暦プラス2

しかも母親のことをヒマコのように許せない!とか言わないのである。

ヒマコは心がせまいのか?!

自分の人生が、思った方向に行かなかった時、、

勿論、全てを親のせいにしてるわけでは無いけれど、ちょっとだけ母親のせいにしてしまい
いまだに恨んでる気持ちがあるヒマコは執念深い女なのか?!

彼女たちと来年の再会を約束して、帰り道の電車の中、
ヒマコは反省して心を入れ替えるべきなのか?

『人生のツケはいつか払うのよ』

と、今まで通りのスタンスを保って彼女を見送っていいモノなのか。

いろいろ考えてしまい、
最寄り駅を乗り過ごしてしまいそうになる還暦プラス2ヒマコであった。