今月いっぱいで24年勤めた職場を退職しました。

長いようであっという間の24年でした。

数日前、職場の片づけをしていた時に、思いがけずテレビ局の方からの取材依頼の文書や取材後の御礼の手紙が数年分出てきて、片づけの場にいた私以外の人も驚いていました。

また、様々な情報誌や新聞の取材を受けたものもあり、我ながら驚きました。
なぜなら、取材を受けるようになったきっかけは、「私への悪口」だからです。

私はある地域の放送システムのアナウンスや番組づくりを担当していました。
放送システムが開始して数ヶ月たった時に放送に関するアンケート調査が実施されました。
すると、「地元にも上手い人はいるのになぜ外部採用か?」「気取り過ぎ」等など....匿名アンケートの怖さを目の当たりにしました。
放送室で泣きました。
「辞めよう。なんのために片道35キロ運転して毎日通うのか?」と虚しくなりました。

しかし、「今、辞めたら『そういえばあんな人がいたね。』と...記憶に残らない人になる。どうせ辞めるなら『あの人がいなくなって惜しかった』と思われる結果を残そう!」と思い直しました。
一人で機械を扱いながらアナウンス出来るようになるように訓練しました。一人で取材に行き編集出来るようになりました。
某・有名作家のお孫さんが審査員の番組コンテストに応募しました。
2年連続落選しました。
しかし、3回目で全国で最優秀賞になり、東京で表彰式がありご招待がありました。
このことから、テレビ局の取材を初めて受け、放送後自宅に知らない人から電話がたくさんかかってきました。(「個人情報保護」がまだない時代でした。)「あなたが私達の地域の放送の担当でよかった。」と。

その言葉を聞いた時に「これでいつでも辞められる。」と思いました。

それと同時に「もう少し頑張ってみようかな?」と思えて、地域のたくさんの方に協力を依頼し、時には地域の子どもたち、職場の先輩方の子どもさんをスカウトして番組づくりを始めました。みなさんの理解とご協力のおかげで番組は何度もコンテストで入賞し、新聞、テレビの取材を何度も受けることになりました。
一度私の高校時代の親友が機材を抱えて取材に来てくれたこともありました。
また、放送出演のスカウトを断わった後、仕方なく出演してくれた子どもから数年後に「あの時に誘ってくれてありがとう!」と言われました。

こうして振り返ると「頑張ってきたんだな」と思えますが、当時は「これでいいのか?」と迷いもあり、取材依頼がある度に「もっと面白い話題はあるはず。こんな私にとっての日常を取材して楽しいのか?」と思っていて、放送された番組を録画して残したりしていませんでした。これは悔いが残ります。

本当にたくさんの方に見守られ、育ててもらった24年でした。私に関わって下さった皆さんとの出来事が今の私に導いてくれたのだと実感しています。

また、ダイヤはダイヤでしか磨けないと言われますが、人もよき人に磨かれるのだと実感しています。
良き人々に出逢えたことで「この出逢いにふさわしい私でいたい。」と自分を認められるように前に進んできました。

そして、昨日退職にあたり、多くの方からお手紙、お花、贈り物をいただき感激しています。お一人お一人にきちんと御礼を伝えたいのですが本当に数が多く時間がかかりそうです。長くなりましたが、この場で伝えさせて下さい。

24年間見守り育てていただいてありがとうございました。

この経験を大切にして、次の夢を叶える努力をしていきます。