「見た目は穏やかな感じがするのに、内面にすごい怒りの感情がある」
2年前、初めてヒーリングを受けた時に、そう言われた。
怒り?
全く思い当たるものがない。
「えー?よくわかんないです
」
そう答えて終わったけれど、なにか妙に引っかかった。
私は何に怒っているんだろう?
それに気がつかないって、どういうこと??
いくら考えてもわからない。
去年の6月の終わり頃
「8050問題」に関連する事件がいくつか起きて、報道はその話題が多かった。
その話を見るたびに、なぜか心が騒ぐ。
とてもイラッとする。
ある情報番組で、1人暮らしの引きこもりの息子を、業者に頼んで外に出そうとする父親を見た時に、めちゃくちゃ嫌な気持ちになった。
「今まで生活費を渡してきたけど、
私達も、もう年だ。
このままではダメだ。もう限界だ」
父親はそう言った。
今までお金だけ出して、1人暮しをさせてたの?
そして今度は業者に任すの?
なんで自分は子供に向き合わへんの?
いや、その前に
なんで子供のことを、そんな風に蔑んで見るの?
父親の方が被害者のような顔をしていた。
息子さんは
「わかってます。外に出ないといけないことは」
そう、インタビューで答えていた。
でもその姿や部屋の様子は、まだ表に出られるようには見えなかった。
こんな風に引っ張り出されるんやな。
それでも社会に繋がったらオッケーなんや。
見ていて、すごく嫌だった。
自分の感情がどうしてこんなに乱れるのか?
それはわからなかったけど、すごく腹が立った。
違う!
なんか違う!
やめてよ、おっさん、何すんねん!!
(いや、全然知らん、テレビの中の人やから)
その話をある人にした時に
それって変よね?
自分の固定観念で相手を見ないと言ってたよね?
今、その人をかわいそうな人って見てるやん。
なんとかしなきゃって思ってるやん。
その人が言いたいことは理解できる。
自分でも変だと思っている。
でも、この親父は絶対間違ってる!
絶対嫌という気持ちは、私から消えない。
(間違っている、かわいそう)→それは自分の先入観で物事をジャッジしているだけ。
ジャッジの基準は自分の体験という
狭い狭いもの。
こんなもの本当は何の役にも立たない。
相手を助けたいとか
物事を変えたいと思う時
実はその部分に自分の課題が残っていることが多い。
自分が不快に感じるから
『問題発生!!
』と捉えてしまうだけなんだ。
』と捉えてしまうだけなんだ。その時の私はこんな感じ
↓↓
友達と言い合いになって、感情が揺さぶられ
泣きながら思わず叫んだのは
そんなことわかってる!
でもな、私は我慢できない!!
だってな、嫌やねん。
あんなこと言われるの、嫌やねん。
あんなん、絶対あかんから。
あの人は あのままがええねん
そう叫んで気がついた。
『テレビに出てきた父親に対する怒り』
それは私が無意識に、息子さんの姿に自分を重ねていたからなんだ。









不登校だった中学時代の私は
このままではいけないとは思ったけれど
どうなるんだろうという不安は全くなかった。
楽しい時間。
でも、こんなことしてたらダメだよな〜
学校に行かずに過ごした日々は
私にとって かけがえのない時間だった。
私がそう感じるのは、周りの理解があったからだと思っていた。
出て行くための時間を充分持たせてもらったからだと。
でも最近、どうも違う気がしてきた。
あの時間は、表に出て行くために充電するシェルターではなくて、そもそも 、それが本来の私の居場所だったのではないかと思えてきた。
一人の時間を存分に楽しむその姿こそが
自然な私の姿。
だから私はあの時 幸せだったんだ。
なのに、出なきゃいけないと思い込み、不本意だけど頑張って外に出て行った。
世の中とは、そういうものだから。
違和感を感じる自分が悪い。
上手く出来ない自分が悪い。
でも、やっぱりなんか嫌だ
ダメダメ!
嫌だなんて我儘は言ってはいけない。
我慢しなきゃ
やらなきゃ
そして本当の自分は埋もれていった。
だけど自分でも気がつかないくらいの深い場所で、押し込めた思いは静かな怒りへと変化していたのかもしれない。
