今、華と私は本当にのんびりとした暮らしをしています。
社会に出る
人と繋がる
働く
私はどれも必要最低限でいいかなと思っています。
華に関して言えば『今は考えなくてもいいかな』という感じ。
今後あるかもしれないし、やはりないかもしれない。
ゴールは決めずに、今、出来る『小さな点』を
たくさん集めようと話しています。
それがやがてどんな形になるのかはお楽しみ
それよりも、まずは自分のベース作り。
なのでこもりきるということを意識中
本当にこんな生活でいいのか
とか
将来、どうしよう
そんな邪念があるうちは、しっかりとこもれないんですよね。
だけど何度も書きましたが、一切無くすのは
今の世の中では本当に難しいんです
何年も何年もかけて、今の形がベストだと
やっと思えるようになった今だからこそ
次はしっかりと根を作る作業をしたいなと
思っています。
世の中も少しずつそんな流れになりつつあるのでしょうか
少し前の西日本新聞の記事で、こんなものがありました。
事件自体は悲しいのですが、この事件に関する匿名掲示板の書き込みに新しい風を感じました。
ちょうど一年前の今頃
引きこもり専門の業者を特集をした番組に対する
匿名掲示板の書き込みは、それはそれは酷いものでした。
親が怒るのも当然だ!
人として最低!
甘えんな!
つべこべ言わず働け!!
そんな意見ばかりが並んでいました。
親に対しても
甘やかすから、そんな子に育つんだ!!
と、とても厳しいものばかり。
世の中のそんな意識に飲み込まれると
親子共に現状がダメだと思い込んで
焦りから道を誤ってしまう。
そして私はその番組を見て訳もなく
怒っていました


でも、今回の事件に対する書き込みは、もちろん上記のようなものも含まれていましたが
それ以上に
そんなに無理をさせなくてもいいのに
こんなタイプの人に共同生活や作業はかわいそう
もっとほかに子供さんに合う道があったかもしれないのに
別にそのままでもよかったのでは?
親が世間の目を気にしすぎ
そんな書き込みが多くなっていました。
時代が動いているんだなぁ
大袈裟ではなく、そう思ったんです。
不登校や引きこもりに関して勉強している人ではなく、本当に通りすがりの人の意見。
それがこんなに変化しているなんて

それもわずか一年で。
10年先には大きく変化すると思っていたけれど
思ったよりも早いかも
この記事のお父さんの言葉がとても印象的でした。
『生きてさえいてくれれば、それでよかったのかもしれない』
息子さんは亡くなってしまった。
でも、お父さんからその言葉が聞けたことは
私が息子さんなら、どんなタイミングでも嬉しいと思う。
全ての基本はこれだと思う。
不登校や引きこもりetc
生きてさえいればそれでいい。
それ以上を望むから問題に思えるだけ。
そこに本当は問題なんかないのに。
世間の意見は勝手なものばかり。
その時々で実はコロコロ変わるもの。
でも声が大きいので、それが正義になってしまう。
そして外れた人には
そんなに言わんでも
と思うくらいに全否定。
それを受けて真面目な人なら、さらに自分自身を責めてしまう。
外れるのは怖い。
なので必死になってしまう気持ちもわかります。
でも
本当にそうか??




と、疑う視点も必要だと思う。
これだけ沢山の選択肢がある世の中なんだから。
いや、偉そうな事を言ってますけど
私自身が思い込みに追い込まれていた
そんな洗脳状態から解放されたばかりなもんで
今ならわかる!!
ほんまに今ならね
そして若い人は一歩先を進んでいるように見えます。とても軽やか

あとは親の意識次第。
新しい時代はきっともうすぐ。
