昨日は、ちょっと落ちかけた華の様子を書いてみました。




















今回、一番自分で驚いたのは
平和な空気感に慣れてしまって
とっさにスイッチが入らなかったこと。
えっと、どう対応したらよかったっけ??
自分がどう動いたらいいのか、わからなかった。
あんなに親子で苦労したはずなのに。
そんな事があったことさえ、きれいさっぱりと忘れていたような感覚。
どんなに大変なことがあっても
過ぎてしまえば、こんなもの。
人間って本当に勝手な生き物やなと思う。
あ、こんな適当なのは、うちだけかもしれないけど
渦中の時は、いつも情報を見たり、常にどうすればいいのか考えていた。
命に関わることだから、原因を知りたくて必死だったのに。
気持ちが落ちた時のとっさの行動が怖かったんです。
意識してなかったけど
あの頃は常に戦闘モード??
そんな感じだったのかな?
だから、一瞬、
またあの暮らしが始まるの??と思うと
ゾッとした。
もう出来ないわ
体力も気力も やる気も若さもない。
私の中ではもう終わっていたんだ。
そういえば、最近は子供のことを考える時間って なくなったなぁ。
そこに意識が行かなくなった。
子育てのカテゴリーにいるのは
やっぱり変やな
そろそろ変更しなきゃ!!
今回の件は、華も一人で大丈夫という最終確認をさせてもらったような、そんな気がした。
もし、もう一度ぶり返したとしても
華が自分で考えていくんだと思う。
それだけの力を、持ってくれているはず。
ただし、発動している時の顔は
何度も言うけど、やっぱり怖い
私の知らないお嬢さんがそこにいる。
ホラーの世界

























今、渦中にいるお母さん方は本当に大変だと思う。
どうか後悔のないように。
私、子育てに、後悔はまったくないんです。
やりたいことは全てやったから。
あ、でも、子供がどう育ったか??
それは知らんわぁ
あくまでも後悔がないだけの話ですから
良い、悪いとか、失敗、成功なんて
人生の最後までわからないと思っています。
そもそも何を基準にしてるの?とさえ思うから。
今の世の中って、情報が溢れていて
『こうすればいい』っていうテクニックに
縛られ気味な気がする。
その前に、現状を受け入れいるのかな?
目の前の子供さんを見てるのかな?
そして、ご自身は本当はどう思ってるのかなぁ?
たまに疑問に思うことがあります。
これだけは譲れないという思いは
セオリーから外れても伝えてあげればいいのに。
親の思いを押込める必要はないと思う。
ただし、選択権は子供にあると思うけど。
それに、腹が立つなら、言えばいい。
泣きたかったら、子供の前でも泣けばいい。
子育てって、そんなにきれいなもんじゃない。
ちょっと泥臭ってもいいんちゃうって
思うんやけどなぁ。
失敗を恐れてしまうのかな?
私なんか失敗だらけやったけど

それでも結構、子供は許してくれた。
泣いて、笑って、ぶつかりあって
少しずつ進んできた。
私のことを見守るお母さんって言ってくださる方も多いけど、自分の思いを最優先にしてきた気がします。
【自分がどう思うのか?】
いつも言うけど、これが一番大切だと思う。
だから、鼻血出そうな勢いで怒鳴ったことも、子供の前で大泣きしたこともありますよ

あかんもんは あかんから。
言いたいことは言いたい。
聞きたいことは聞きたい。
その結果、青アザが出来たことも数知れず

思春期は、◯すなら、◯せ!話はそれからや!!
って、本気で格闘しました。
だって、自分の子供だもん。
「最後は愛ですよね!!
」
これは私が達観してるわぁー♡と、いつも思うお母さんが、コメント欄に残してくれた言葉。
でも、本当にその通りだと思う。
多少やり方が不味くても、なんとかなるさ
見守っている時は、自分がそれがベストだと思っていたから そうしただけ。
私は、基本的に人の話は聞かない人間です

周り道、上等!!
近道だけが、ベストだとは思わない。
納得しないと進めない。
ただ、自分の意識が
子供に向いているのか?
世間に向いているのか?
そこだけは何度も自問自答しました。
子供は敏感だから、傷つけてしまう。
そして、拒絶されてしまうから。
不登校だから悩んでいる気がしているけど、実は、世間に意識が向いた思考パターンから抜け出せないと
結婚しない〜
就職しない〜〜
仕事辞めた〜〜
子供夫婦が上手くいってない〜
エンドレスに悩みは続くんだと、最近、周りを見ていて思います
悩みの根源って実は同じ。
抜け出す方法はただ一つ。
最後は自分の物の見方次第。
