私の両親は、昔からとても細かくて、口うるさかった。












俺、あの時はもうあかんと思ったで

































あのな〜母さん
言ってることは間違ってはいないので、仕方ないなぁ
と思っていた。
でも、太朗が生まれて里帰りをしていた時に、実家で何か用事をするたび、妙に緊張する自分に気がついた。
上手く出来ないと、また、何か言われるんじゃないか

そう思うと、今まで普通に出来ていた事も上手くいかない。出来たとしても、必要以上に頭の中で考える。
萎縮して、思い通りに出来なくて。
そして、疲れしか残らない

なに、この魔のスパイラル

自己肯定感ってなあ〜に?












そんな思いを、私の子供達にはして欲しくないな。
自分が何かをする時に萎縮することなく
自然に、自信を持って動いて欲しいな
そうするためには、どうすればいい??
そもそも、自分が萎縮するのはなぜ?
いろいろと考えた結果
子供が何かをする時に
ゴチャゴチャ言うのは止めておこうと思った。
もちろん悪いことや、人に迷惑をかけることは叱るけど、その出来事について叱る。
怒るは腹が立っている自分の感情をぶつけているだけのような気がするので、叱るをイメージした。
叱るって、私の勝手な解釈だけど
その部分をピンポイントで改善を求めている感覚がある。
そして、なんか期待もこもっているような
それから
決して本人を責める言葉は口にしない。
人や兄妹を引き合いに出さない。
例)あんたってどうしていつも〜
どうしてそんなこともできないの
〇〇ちゃんはきちんと出来るのに、それに比べてあなたは〜
そして、出来ないことを責めずに
「あ、そっか」と一旦受け止めるように気をつけた。
だけど太朗に対しては、それが上手く出来なかったな

あんた、アホちゃうか
それは、何百万回も言った。
大阪人だからというのを差し引いても多い。
小さい頃は、いつも怒鳴ってばかりいた。
叩いたことも、物を投げつけたこともある。
椅子を投げた時のことは、のちに太朗は
と、言っていた。
やっぱり小さくても覚えてるよなぁー
ごめんよ〜。
だけど、本人は萎縮することもなく、とても元気だ。
それはなぜ??
あれ?私の決意は必要なかった??
そういえば、太朗って、私からは死ぬほど怒られるけど、他の人からは、褒められる事が多かった。
というか、私だけが太朗を叱ってる

なんでや??
相性が悪いんか??



という訳で(どんな訳やねん?)
太朗に関しては、私は出来なかったけど
他の人がフォローしてくれた感じかもしれない。
認めてくれる人は、親でなくてもいいのかも


















太朗が生まれて間もない頃
よく動く
よく泣く
いつも起きている

三重苦に見舞われて、ヘロヘロになっていた。
覚悟はしていたけど、想像の遥か上の辛さ。
もう、こっちが泣きたい。
いや、実際に太朗と一緒に泣いていた日もあった。
そんな時、出産のお祝いに来てくれた親戚のおばさんの一言。
「あら〜元気な子やね〜
お母さん、上手に育ててるね〜」
太朗を抱き上げて、そして私ににっこり微笑んでくれた。
その一言は、私の『お守り言葉』になった。
不安になった時に、私の頭の中でその言葉が繰り返される。
すると、なんとも言えない安心感が広がる。
計算のない褒め言葉は、人にこんなに力を与えてくれるんだと、しみじみ思った。















私は不器用な人間なので
高倉健さんか!!
悲しい思いをする事が多かった。
だけどそのおかげで、何が嬉しくて、何が要らないのかを知ることが出来たのかもしれない。
【プラスの言葉を伝えよう】
出来ないことって、本人が一番わかってるよね。
だから、そんな時は、支えになる言葉を子供達に送ろう。
たとえ上手く伝えられなくても、その気持ちだけは持っておこう。
そう思いながら29年育ててみた。
その結果
俺ってほんまにすごいやん



だからな〜‥‥‥
その時、太朗が何を話したのかは、覚えてない。
だけど
自分で、それ、言うかぁ
あれ
ちょっとやり過ぎたかな?と思ったことは
ちょっとやり過ぎたかな?と思ったことは覚えている。
でも、やっぱり、ちょっと羨ましいな

だから まあいいか
