かなりのスピード感で、

結婚する流れになったのは、

ここを認めたからかもしれない。

私は、子育てにうまく順応できない自分が恥ずかしくて、情けなくて、周りから批判されるものと、思い込んでいたから、



結婚したい

パートナーシップを築きたい

と願いながら、



私たち親子の間に

誰かを招きいれることを

拒否し続けてきたんだと思う。



こんな私を知ったら、

軽蔑される


それ、一択だったから。


力を貸してもらえるとか、

一緒に考えてもらえるとか、

そんなの絶対になくて、



子どもを怒鳴りつけるとか、

叩いちゃうなんて、

ひどい母親だね。

って思われて終わりだと思ってた。






だからね、

ずっと自分で流れを

堰き止めてたんだよね。

人の親切や思いやりも拒絶してたし。



でも、

心底自分の能力の低さや、

子育てにおいての未熟さを認めて、

周りに助けを求めはじめたり、

周りの人の親切を

受け入れはじめてから、

色々なことが動き出した。



人生の流れを溜めてたのは、

それだけのことだった。



純粋に愛情をかける対象を

探してる人がいるんだなって、

未来の夫となる人を

見ていて思ったし、



その器の大きさは

本当に人それぞれだけど、

今の自分に合う人と惹き合うのは、

自然なことなんだろうと思う。



できないことが悪いんじゃなくて、

できないことで自分を責めてることが、

問題だったんだよね。



人間だもん、

できることもできないこともあるし、

自分の未熟さで取り返しのつかない

失敗することもある。



でも、

その自分を認めてあげること、

非も含めて許して、

受け入れてあげることで、

やっと次へと進めるんだなー。



見て見ぬふりや、

誰かのせいにしたり、

現実から逃げていても、

結局は苦しいだけだった。



認めてからは、

そういう苦しさは消えて、

安心が増えたよね。



これからだって、

悩んだり、迷ったり、困ったり、

たくさんあるだろうけど、



一人で乗り越えなくていいし、

いつでも相談すればいいって思えたら、

なんとかなる気がする。



これまでずっとできなかった

目の前の人の愛情を信じること。

自分の生きる世界を信頼すること。



丸腰で生きるって、

傷つくこともあるけれど、



たとえ傷ついたとしても、

私はそっちで生きたいって、

今は思う。



人を疑うより、

傷ついても信じて生きたい。



そんなかっこいいこと言っても、

小さなこととか、

掛けられた言葉で「ウッ無気力

ってなることはある。



でも、そこで、

自分はどう在りたいかって、

立ち止まれるって大きい。



感情はあって当たり前だけど、

感情が全てでは危ういって、

今はよーくわかるから。



その感情を引き出す、

自分の中のトラウマを許す

キッカケとなればいいな。




最近、息子の絵の進化がすごい。


チエミ。