私の文章は、

どちらかというと抽象的。




具体的な出来事と織り交ぜて、

私の考えてることを表現するとき

抽象的な表現になる。



そうなのです。

私は抽象的に物事を捉えたり、

考えたりする方が得意。



そこから表現するものが、

時に哲学的に見えたり、

物語のように見えたりするんだと思うんだけど、



時々、

「意味わかんない」

って言われます。



特にね、

とても身近な人で、

思考がシンプル且つ、

快活で、具体的な友達には、

「ちえちゃんの言ってることは、なんか難しくて意味わかんない。」ってちょくちょくツッコミが入りますww



それが私にとって、

とてもちょうどいい。



なぜならね、

具体的って

「鍵」だから。



目に見えないものとか、

スピリチュアルな世界とか、

そういったものは、



「具体的」というものに弱い。

そこを落とし込むことが、

「鍵」となる。



私とて、

「死」についてあーだこーだと、

色々と考える癖というか、

趣味というかがあるけれど、



具体的となると、

身近に「死」がある時にどうか

に尽きるわけです。



どんなに、

脳内でこねくり回し、

理想を追いかけたところで

現実という具体的なものには敵わない。



例えば、

「全ての人が等しく素晴らしい存在で、意味があって今に存在している」

というのがあったとして、



介護度が重いが、

身寄りがなく、

生活保護でギリギリの医療と介護サービスの介入がある人がいて、



排泄のタイミングによっては、

便や小便で不快を感じたままの状態が続いて、いじってしまったり、お尻ただれちゃったりね。

そんなことが日常にはゴロゴロとある。



そんなときに、

「全ての人が等しく素晴らしい存在で、意味があって今に存在している」

という言葉が、その人の現実を救うかって言ったら、まーまず無理でしょう。



かと言って、

そういった価値観や思想が、

何の役にも立たないことはない。



私も世界がそうであってほしいと思うし、そういった価値観が持つからこそ、その人の今を尊重しようと思えるから。意思疎通ができようがどうだろうが、便にまみれてようが、早くその人が不快から解放されるよう頑張れるわけです。



抽象的な思考と、

具体的な思考や行動と、

そのバランスが大事。



抽象的な思考を現実に落とし込むには、具体的な思考と行動がなきゃ無理だし、本当に意味をなさないから。



私も自分を見ていると、

まるで夢想家かと思われて、

痛いこと、イタイこと。



言葉ではどうだって言えちゃうからね。

しかも、私は比較的言葉を扱うのが得意な方なもんだから。(弁は立たないけどね)



雲を掴んで、

水滴にする。飲み水にする。



私たちは天空に住んでないから、

肉体を保つ「具体的な」活動が必要。

それを無視したって意味ないわけだ。



私はきっと、

これらのことを人から言われたら

イラッとする。

なぜかと言ったら、

事実自分が具体化に欠ける人だと

自覚しているから。



「口だけ」な一面もあるし、

突かれたくないポイントだからw



抽象的に考えることは、

得意で自然にできてしまうのだから、

今度はそれを具体的にする方に

注力しなきゃいけない。



逃げずにね。



頭ん中と現実の間には、

やっぱり違いがあるから、

うまくいかないことのが多い。



今までの私は、

その失敗で毎度毎度、

プライドの高い鼻がへし折れてたw

やる気を失ってた。


失敗が何なのか。

人の目を恐れることでしか、

失敗を恐れる理由なんてない。



他に失敗を恐れる理由なんてない。

一時的な少しの落胆くらいなもんだ。



ここから具体化が必要になる。

人の目を気にして、失敗を突かれるのが怖くてやれなかったことを、やってみて、実際にどうだったのか。


具体化とは、

何かしらの結果が出ることなんだな。

「実際にどうなのか」

それが分かることが具体化したということ。



結果がはっきりするって怖い。

告白してお付き合いするか、

フラれるかはっきりするのが具体化。

ただ好きでいる時が、

抽象思考みたいなもんだ。



怖いけど、

そのたびスッキリはするよね。



マジで、

私が人間として生きている間は、

具体化することが「鍵」でしかない。



私は頭の中で出来たものを、

具体化し、現実にできた時の快感を

少なからず知っている。



それだよね、

生きてる間に味わいたい快感は。

脳みそ内での想像を超えた時の快感。



あなたの脳内の抽象的な思考を、

具体的なものにすること。

それが「鍵」。



しかもね、

具体的になって初めて、

人や世界の役に立つ。



それが肉体を持つということ。



特にスピリチュアル好きな人にはね。



つぃえみ。