マリ子さんから
「台湾カステラ」の存在を聞いて、
気になっていたので、作ってみた♡

ここ1ヶ月、私逃げ回ってる。
向き合うべきことから、逃走してた。
それは分かっていた。


向き合うことと、
逃げることと、
その両方をしていた。


表面的な課題と
本当に向き合うべき課題と。


根っこに存在している
私が本当に向き合うべきことを
掴むまでに結構時間がかかってしまってね。


今もね、
掴めたと思ったら、
また混乱したりして、
スピードとしては超ノロい。


けど、
一つ一つ少しずつ
進んできてる実感が嬉しい。





過去のことを振り返ってみるとね、
私、めちゃくちゃ諦めが早かったんだよね。
「諦めない」という意気込みがよく分かんなかった。


で、いつでも、
「あ、今諦めた」という瞬間があった。


マラソンの時も、
我が家のフェレットが
家から居なくなった時も、
息子が産道を通った時も。
息子は無事に産まれてくれたけど、
頭がビヨーンと伸びた。
祖父が亡くなる時も。


諦めることが、
当たり前になり過ぎていたし、
諦めることの楽さを知ってた。


でね、
この「諦めること」の裏側に
何があったかというとね、


「私にはできない」
っていう確信に似た思い込みが
へばりついていたんだよね。


でもね、
諦めた経験が増えれば増えるほど、
自分への信頼感はどんどん減って、
自分が嫌いになっていった。


本当はさ、
私はいつだって、「私に」信頼されたがっていたんだ。


台湾カステラもね、
今でこそ簡単なお菓子なら
作れるんだけど、


昔なんて、
私は絶対お菓子作れないって思い込んでたから、お菓子作ろうとなんてしたことなかった。


チャレンジさえしなかった。
失敗が怖いというより、
チャレンジする選択肢がなかった感じ。
最初っから諦めてたの。


今、二の足を踏んでることは
何でもそうなんだけど、
「私にはできる」なんて、
1ミリも信じてなかった。



「私にもできるかも!」
「頑張ればできるようになるかも!」
なんていう希望的なものもなかった。



どんな言葉を表面的に言っても、
深いところで信じているのは、
「私にはできない」だった。


もちろんこれまでに
「できた」ことだっていっぱいあったのに、
それはなかなかカウントされない。


その糸を辿ってくとさ、
どうしたって家族との関係が見えてくる。
小さな頃にかけられた言葉たち。


「お前には教える価値がない」
「どうせ途中で投げ出す」
「根性がない」 
「ろくでもねえ奴」


小から高校生くらいの頃に
父から飛んできた言葉だけど、
謎にそれをずっと信じていたんだよね。


どんなにそれを覆す事実があっても、
この言葉たちの方が本当のように思えた。


父もテキトーに言ったの、
ただその時の感情に乗せて。


今、自分も息子と居て、
不意に吐き出す何気ない言葉というのが
何の意味も持たないことがわかるけど、


まさかそんな言葉に、
自分がこんなにも
囚われてるなんてね。


笑っちゃうなと思って。


自分が日々自動的に考えることと、
真実が違うってそーゆーことなんだわ。


もう10代の終わり頃には、
うちの両親は何となく
友達の両親に比べて幼いし、
子供が子供を育てたんだって
思ってはいたけど、
母もそーやって言ってたし、実際に私が生まれたのは母21歳、父24歳の若い夫婦だったから。


理屈で理解するのと、
本当の意味で理解するのは
全然違うんだなと思ってね。


両親のことが好きだし、
大変だったことも理解できるから、
父の「非」を認めることができなかったのかも。


母はさ、
今の私の半分の19歳で嫁いできていて、
今の私と同じ38歳で、
息子(兄)18歳、
娘(私)16歳の母。


ビビるよね。
よく頑張ったよね。



私、全然いい子じゃなかったし笑。




でも、今、こうやってね、

無意識に思い込んでいるもの、

当たり前にしちゃってるものを

過去と共に掘り起こしている。



「やる前から諦めてしまう」私の思い癖が、どれほど私を傷つけてしまったんだろうと思う。
これからその部分を取り戻すんだけど、


これまでの
思い癖を変えるのは、
すごく怖い。


だから、
焦ってやろうとしても
きっと空回ってしまう。


今回のお菓子作りのように
小さなことから一つ一つ、
書き換えをしていくしかない。


1年後、2年後ではなくて、
5年後、10年後の私が、
私と深く信頼関係を結べているのを目標にね。


つぃえみ。