神と共に生きるって楽しいことばかりじゃない



逆に苦しくなるときもある



かくして起きたかった自分にも出会う



必死に隠してたものはなんだろう



自分すらも愛せない自分

自分が蔑んでいる、ジャッジしている自分



自分が愛せないから他人にありのままを受け入れてほしかったり

そんな自分を愛して欲しいって願う



でも神はそんな無条件に愛せない自分の存在にも目を向けさせてきます



隠してたものは、

嫉妬だったり、孤独だったり、マウントだったり、暴力的な自分だったり

他にもあるだろう

それを感じる感情はざわついてアップダウンを繰り返す

肉体は受け入れたくないから拒否したり、無意識に逃げようとしてみたり

頭はそんな自分のジャッジを繰り返す



心と体と頭の三位不一体



だけど、それを無条件に受け入れようとしてみた時

三位不一体が三位一体にまではなれなくてもね

感情と肉体と頭で交わる世界観は変わってくる

現実に反映しても、しなくても



もやもやもそのまんまに生きる



神と出会い交わっていける気がする照れ



色々、試行錯誤や失敗や壁に当たってきたから思ったことかな