私はギャンブルが大好きだ


賭け事
にめがない。あまり自慢できる話しじゃないが旦那とも出会いはパチンコ屋だ

私が初めてやったギャンブルは小学校のとき300円だけ買った一枚の宝くじが5000円になった

味をしめた私はチョコチョコ買うようになる。
16才のとき初めてスロットに行った。私が小さいときは子供でもパチンコ屋に入れたが足利事件があってから入れなくなった。
パパと行くパチンコ屋が大好きだった。
16才になり周りは皆、原付や中型の免許をとっていくなか私はいっこうにママの許しがでず結局バイクの免許は取れなかった。
ママの出した交換条件はこれだー
車の免許代
車
保険料
をすべて20まで出す

だった。
そんなものいらないから皆と同じバイクが欲しかった。
だから私は誓った。
出してくれるなら、とことん出してもらおうじゃないか。と。
子供を持つ母親になってなんて嫌なガキだ

と自分で思う……
あんたにはつけが回ってくるよ

楽しみだね~~


と私で苦労した母は私の子供に嫌な期待をしている(-_-;)
原チャリを持つようになり(友達が)行動範囲が広がった。
私は免許がないので後ろ専門だった。
皆、私を迎えに来て後ろにのせてくれた

中型の子もいたが大半が原付だ。
もちろんヘルメットはかぶらないし信号は無視だ。
あっでもひかれるのは嫌なので、いを右左を確認して渡る(笑)
ママはそれを知っていた。
私は免許とったらヘルメットもかぶるし信号も無視しないから

と二年くらい説得したが免許は取らせてもらえなかった。
変なの


と思っていたがママの考えは
迎えに来てもらわないと乗れない
のと
自分でいつでも乗れる
のとでは全然違う。
と言っていた。
当時は分からなかったが今では解る。
私は自分で運転して転んだことはあるが後ろに乗っていて転ばれたことも事故ったこともない。
今、思うと幸運だ


単車に乗りヘルメットはかぶらず好きな男の後ろに乗る。
直線では100㌔以上出して遊んでいた。
好きな男と死ねる、好きなことをして死ねるのが一番いいと思っていた。
親の気持ちなんてサッパリ分からなかった。
自分の子供が…………
と考えるだけで怖くなる。
涙が出る

今では高速でさえ100㌔も出せない

最悪のことを考えてしまって怖くてむしろ高速に乗りたくない(笑)
人って変われるんですよね

長くなってしまったので
ギャンブルの話はまた今度

すみません~~
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