イメージ 1

約1ヶ月程前になるでしょうか。年賀状を書く季節になると先行して先ず喪中はがきがくるのは当然のことですよね。しかし、今年はあまりに、ショックこのハガキを何度も見返すことに!!

『今年9月妻、悦子が52歳で永眠いたしました..』と賀状欠礼のしらせでした。

彼女には私と同じ様に今年21歳なる大学生の娘さん.そして19歳の男の子がおり、同級生の母親です。
幼稚園、小学校、中学校と12年間こどもを通じて親しくなり、子供同士も同じクラスになる事もあり、互いの家やその家族やその祖父母とまで親しくおつきあいさせてもらいました。
ただ、5年程前に私が引っ越してきてからは通院途上にたまたま会い、立ち話をし元気そうだったので、死去した原因と可能であれば、時間が経ってしまったけれどもお参りをさせてもらいたいと考えることばかりでした。

部屋に戻り先ず、もうひとり私たちと同じ子ども達が同級生で母親同士が仲良しである『友人』に電話をする事にしました。
彼女は日中、パートで働いているので夕方の7時過きに電話をすることにしました。(本当は早く事情を知りたいけれど)
彼女は亡くなった友と家が近所でその母親同士まで老人会で一緒で交流があるから葬儀に参列しているのではないか?もしくは何か事情を知っているのではないか?

夕方7時過ぎ電話をしてみました~    『お母さん◯◯さん』 あっ!慶應BOYの長男君みたいです♪
『今、揚げ物してるから電話かけなおす!』という返答でした。

待つこと、約1時間やっと彼女から携帯電話で連絡がありました。
聞きたかった事を掻い摘んで話すと葬儀には参列し、私に連絡しなかったことをわびたが、体調を心配してくた事また先方に断らずに勝手に連絡して良いのだろうかと考えたそうでした。
(彼女は知らないけれども、亡くなった悦子さんには引っ越し前にはタオルハンカチセットや彼女のお母様とカフェで長いことおしゃべりをしたこともあるんだけれどもなぁ。
彼女から千葉のお菓子のお土産をもらったのでおかえしに大きないちごを持っていった事だってあるよ。)

やはり、病死でした。乳癌で、それも今から4年程前?でホルモン療法でそれから肝臓、膵臓と転移して今年8月に急に歩行困難になり最後はホスピスに入院したそうです。

亡くなった彼女と葬儀に参列した彼女は超ご近所。彼女も乳癌になったことは全く知らなかったとの事。
ふたりで時々ランチしたり、月に1度お互いに家で食事をしたりしていたそうです。
成人式で晴れ着姿でホテルの写真室撮影した娘さんさえ、8月癌が末期になり歩行困難になつてから知ったそうでした。つまり、御主人と悦子さん二人だけの闘病生活だったの?

結局、末期癌の痛みから歩けないのが原因なのか分かりませんが生きているうちにあえなかったようです。

彼女も私も気がつけば、知らなかったことそして彼女がいつも誰にでも優しかったこと、そして私の病気の事を気にかけていることを涙を流して1時間ほど話してしまいました。

私達は同じ母親として残された子供たちのことが気になって『食事どうしてるのかなぁ?』
『おかず作って届けたんだけれど、Sちゃん男子だから玄関になかなか出てこないね~ お姉ちゃんは大学とバイト有るみたいだし、御主人が言ってたよ、S君クックパッドで見て料理してくれますって♪

そういえば、我が家の息子たちもクックパッド参考に料理してますわ🍳🍴

遠い親戚より近くの『友』私も この友に感謝です。

それから亡くなった悦子さんのご自宅に連絡をとってお参りをさせてもらうことを考えました。