明けて1月3日午後からSICUから脳外科の一般病棟に移動することになりました。
 救急車で入院した為、下は私服のスラックスそして上は、点滴などの医療行為継続の為、胸前で両方向法に開閉できる上着を着用し、スリッパは病院のものを借りていました。

 一般病棟に移動したと同時でしょうか、2時間程かけて私の実弟夫婦が訪ねてきてくれ必要なものを聞いてくれたので、コップと箱ティッシュなどを頼みました。(主人が必要な物を持ってきてくれると思っていましたので。) 飲料水などのペットボトルはとても助かりました。疲れるといけないからと30分程で帰っていきました。

 病院の昼食が終わった頃、主人と子供たちが病室に必要な入院道具とともにきて、どうして私がここに入院したのか経過を話してくれました。

 救急車には長男が同乗し、高速道路を使用したこと、次男がショッピングセンター2階の携帯ショップに誘導した事、主人が根気欲何度も私が入院手術を受けている大学病院に掛け合ったこと(年末年始は人でがない)などどの話を聞いても記憶にないことばかりです。
 
 担架に私を乗せるときも重くて隊員二人では乗せきれず主人たちも手伝った話とか、息子が携帯電話で通報した時、JPS機能を使い位置を知らせる事、そして電話の向こうの消防の指示で気道の確保など隊員到着までにしたことなどでした。

 長くいても仕方ないと主人たちは、帰っていきました。う~ん 確かに。。。

 帰り際入院経験のない主人は上げ膳・据え膳で寝ていられるなら俺が変わりたい!!とも言ってたっけ。
 
 午後4時過ぎ今度はファットなk医師が病室にきて今後の治療方針を話してくれました。
 しばらく、痙攣発作止めの点滴をし血中濃度を上げる事、その数値が思うような数値になれば、退院できるだろうと言うことは救命にいた時と同様の答えでした。

 あ~それにしても痙攣は怖い!!    続きは③へ