私が癌(子宮頸がん、その後転移 尿道付近 肺がん 肺リンパ節 食道付近? etc.)になって約12年間、都内に住む母が毎日のように連絡してくるので、とうとう本日電話で報告しました。母は動転?してしまい内容がうまく伝わっていないようなので再度、同居する弟に病状と治療法を説明後、弟に母の様子を聞いたところ泣き出して、受話器を渡し二階へあがってしまったとのことです。50歳になる娘のために泣いてくれるなんて、親は本当にありがたいです。

さて、救急車で、救命救急センター⇒外来棟で運ばれた私(当時38歳)は9時診療開始を待つ大勢の患者の待つ廊下から、外来診察室へ。救急車の隊員の方と看護婦さんと四人で保護シートごと内診台へ。
壮絶な止血処置が始まりました。医師と数人の看護婦さん(当時はこう呼ばれていました。)
彼らの声は今でもはっきりと記憶に残っています。私がはいていたズボンをはさみで切った瞬間です。
「わっー!!」「先生どうしますか?」「出血量測ってくれ!!」「○○○~~を用意!!」「~ん!!足りない。」「もう一本○○○~~を」「まだだ!!」「○○○を!!」
○○○は医療用語で名前がわかりませんが、止血のための握りこぶしひとつ程の大きさで生理用品のタンポンのような綿のかたまりです。それを私の体内に四個ほど入れたそうです。あと救急隊員が私の顔をじっと見ていた理由は出血からショックや貧血を起こさないか顔色をみていたとの事。流石プロ。(主治医後日談)そのまま、一泊3万円もする個室に入院することになりました。当時相部屋は(8人、6人、4人、2人)が満床だったため。手術するまでの約10日間個室生活のはじまりです。
個室はあまりに贅沢なので、主治医が来るたびは早く相部屋に変えてもらいたい、とお願いしましたが病室を含め病棟のことは、婦長さんが管理するのでということでした。それから、数日後、面接に婦長さんが部屋にやってきました。小柄な感じのよい年配者で、お金もかかるし、一人では寂しいので一日も早く移らせてください。と 結局手術後から8人部屋でしたが。私の主治医 Mdr.はムーミン谷のムーミンパパさんのように、若い看護婦さんからの絶大な信頼がありました。もちろん、患者からも。腕も確かで注射や検査も痛くないのです。彼に長いあいだ診ていただくとは、思っていませんでしたが・・・