2020年4月14日(火)

あら~~。月命日よ~。13か月目。

ε- (´ー`*)フッ。数えたって💨と思いながら~。

やっぱりdoramusumeも。気になるっちゃ気になる。

 

フシギね~父や母。義父。あった事無いけど義母・・

そのあたりの、一応命日は気になるけど、月まではね・・

やっぱり、長年連れ添った?腐れ縁ともいうけど・・

夫の事は。まだね~忘れちゃいない。

そんな気がします。

 

ここ数日の雨はやっと晴れに変わり。

でもまだ風が冷たい。

ガラス越しの日差し。いいわ~~。な。春の日。

 

ここ数日、ちょびっとずつ読んでいる本。

一気に読めないところが、微妙に残念なのだけれど。

どうも集中力が問題ね。63歳。

コレ↓

 

 

そもそも、この本はええと何たっけな❓仏教系の月刊誌。の連載が元らしい。

1998~99~に連載。あ!大法輪だわ。

この月刊誌、つい先日。休刊とか?新聞に書いてあった気がする。

 

でね~面白いと思ったのが、トラホームの話ヨ。

トラホーム?何じゃい?と思うのはお若い方だと。。

doramusumeもね。最初?。。。聞いたことあるような?無いような?

と。思いました。

 

早い話が目の病気。結膜炎?ともちょと違うらしい。

感染症の一種。放置すると失明。侮れない病気らしい。

本には、トラコーマって書いてあってトラホームとカッコ書き。

 

幕末から明治にかけて社会問題になって、書いてあります。

あのね~。たぶんなのだけれど。doramusumeが小っちゃいころ。

小学校の健康診断の様子。

ずらっと並んだ子供たち。

お医者さんが、目をというか瞼をひっくり返して。

見て回った光景が、記憶の彼方にあります。

この光景👀。中学校では記憶がないのよね~。

 

昭和31年生まれ。今年64歳になるdoramusume世代。

 

統計によると、かなりの蔓延が終息したのは昭和40年代以降と。

そもそも。

明治になって、学校に庶民が行くようになって、義務教育ね。

学校が様々な感染症の感染源になるってなったらしいの。

眼病に関しては、明治24年(1891)に小学校の眼科検診が始まって。

この時のトラホームの統計。男の子の10%前後。女の子の14%と。

 

でね~。翌明治25年に、

ベルリン大学の著名な眼科学教授ヒルシュベルクさんが。。知らないけど。。

世界一周調査旅行をしたんですって👀へぇ~~。

この時の日本の羅漢率14%。

次に行った中国が40%。

 

明治27~8年に日清戦争に行った兵隊さん。現地で頂いてきちゃって。

コレが家族に感染して。全国的な広がり。

明治30年ごろから学童のトラコーマが爆発的にふえた。と書いてあります。

 

明治39年に文部大臣がビックリしちゃって(◎_◎;)

実態調査を命じて数字がでて、予防対策が取られたって。

1.月に一回専門医が検診を行う

2、多発の学校では看護婦を雇い入れ、児童の点眼、洗眼を行う

3、器具、薬品を公費で整備する

こうして、トラコーマに対する流行対策が実施。

そのことが、小学校に学校看護婦を普及させるキッカケになったのだそうだ。

なるほど~~って。妙に納得doramusume。

今で言う養護の先生かしらか?・・

 

で、そもそも強い伝染力をもつから。放置すると失明しちゃう。

なので大正8年(1919)にトラホーム予防法成立。

届け出伝染病になったんですって❕。

 

本当に病に歴史ありよね~~。

昭和22年の届け出患者数は約32万人。

昭和30年代に入ってようやく6万人まで下がって。

その後急激に下がったのが昭和40年代以降。

昭和50年代には3000人足らずになったって。

 

要するに、治療法も進んだけれど、

世の中が綺麗になったのよね。

入浴・手洗い・清潔な衣服・清掃等の個人の生活環境の向上。

公衆衛生が徹底してきた世の中になったから~・・

いつもまにかdoramusume世代が。。

ずらっと並んで、目をひっくり返した検査・・

今は?しないのじゃない?小学校の健康診断。

 

今回のコロナウイルスとは違うけれど・・・

こんな病との闘いもあったんだって。

かすかな記憶の彼方の小学校低学年時代の健康診断を。

思い出しました。

 

ねぇ~~ぱぱ。覚えてる?って。遺影に向かって。

田舎のソロ婆。13か月目のつぶやきです。(o^―^o)ニコ。