結婚した時に彼のお母さんは、すでに天国でした。

お父さんが、結構、ってか~すごくヤンチャな方だったので、

(ヤンチャって言葉。。私は使い慣れないのですが。。^^;)

義母は苦労した方だと聞いています。

 

亡くなったのは、彼が高校三年生の今日。

昔は国立大学の一期校の入試が三月初め。

そう、受験の一週間前の朝~

具合が悪いので病院に行ってくるって出かけて、

そのまま帰らぬ人となったようです。

まだ50代の前半。

お葬式の時、僕はずっと泣いていた。って。

この話を、結婚前に彼に聞いて、

私~若かったし、両親も、祖父母も健在だったので、

正直言うと、実感はありませんでした。

結婚してから、一度も彼の涙は見たことがありません。

 

彼は、第一志望の一期校の受験は失敗。

頑張って気を取り直したのかどうかは、私はわかりませんが、

結局、二期校に合格。

豊かではないお家(はっきり言ってびんぼ~)だったから、

私学は考えていなかったし、

浪人なんて無理だったから。。

それはそれで、スゴイなって、思っていました。今も思っています。

 

義姉たちが良く言うのは、

彼の大学の費用を、母さんは、父さんに内緒で用意し、

バックに入っていた。。。

 

下手な文章で書くと、安っぽくなってしまいますが、

この義母の年を越え、

夫婦ってなんだろ?って考える出来事を多々乗り越えた今。

会ったことのないお母さんですが、

この費用を用意したことに、一人息子に対する思いを感じます。

 

その後、義父は、私たちの結婚の一年前、58歳で再婚したのですが、

義母の法事だけは、ものすごく?大事に?していました。

娘が、おばあちゃんがいるのにおばあちゃんの法事?

って、不思議がっていましたし、

集まった親戚の面々を見て、?誰がおばあちゃん?

みんなおばあちゃんじゃんね~~。(笑)

23回忌の事。娘。。中2だったかな?

 

23回忌を終え、数年後、義父も亡くなって、

義父の7回忌と、義母の33回忌の頃は、

彼の肝臓がそろそろ悪さをしだした頃です。

自己免疫性肝炎と言われ、プレドニンを飲みながら、

義姉たちと、温泉に行ったのを思い出します。

末っ子長男のお嫁として、この時の法事は、

肩の荷が下りたな。。って。。思ったものです。

 

この命日。毎年よく忘れますが、

今朝~

あ!今日はお母さんの命日!って。

彼も~

お!迎えに来なかったな!って。

 先月の、私の母の命日に続き、第2弾突破です。ほっ^^;

 

明日は、訪問診療の日。一週間。何とか乗り切りました。