白い風に吹かれギリシアを   
      歩く 
 
   薬師丸ひろ子
昭和39年6月9日東京生まれ。双子座、血液A型。都立八潮高校卒、現在(1985年)玉川大学英米文学科3年生。昭和53年2月角川映画『野生の証明』の一般公募に合格、映画界にデビュー。学生と女優の二足のわらじをはいて仕事を続ける。映画の主題歌もうたい、代表作『セーラー服と機関銃』などいずれも大ヒット。去年『Wの悲劇』で、ブルーリボン賞主演女優賞を獲得した。最新レコード『夢十話(ゆめじゅうわ)』も発売早々ベスト入り。

non・no切り抜き 1985年
CFの撮影で、4年ぶりに、ギリシアを訪れた薬師丸ひろ子。1週間の旅は、新しくはじまる映画『野蛮人のように』の役作りのためにも、グッドタイミング。
ミコノスの白い風に吹かれて、新しいヒロインが生まれつつある…。

スペインの『ドン・キホーテ』を思い出すミコノス島の名物風車。高台なので海の風がとてもさわやか。日差しが強く、少し日に焼けた。幼さが消え、ムーディーな大人のおんなの雰囲気だ。


幻想の島ミコノス。輝く陽光が、どこまでも蒼い海に縁とられた、白一色の世界に散り、黒い衣服の漁師たちが、静かに杯を重ねる。けだるい午後、白い風も今は眠りの中…。

『野蛮人のように』の制作発表『チ・ン・ピ・ラ』『TANTANたぬき』の新鋭、川島透が監督。相手役は個性派、柴田恭兵。独立後第1作目の映画ということでひろ子ちゃんも緊張ぎみ。

「ひろ子ちゃん、アテネに着いたよ」スタッフの声に心地よい眠りから覚め、窓の外を見る。飛行機はすでにアナトリコン(『東』の意)空港の上空。イスを起こし、シートベルトを確認して着陸体勢をとる。バンコクからクウェートを経てアテネまでの約18時間、ひたすら眠って過ごした私。出発前のハードスケジュールの疲れがとれ、気分は爽快。明日からの東芝のビデオ『ビュースター』のCF撮りも元気にこなせそう。滞在予定は1週間。
憧れのミコノス島が中心なので心が弾む。ひざの上に広げた『ギリシア神話』の本をバッグにしまいながら、機の窓からアテネの町を見下ろしてみる。スモッグが濃くたちこめ、4年前と同じようにくすんで見える町を───。


ギリシアは2度目。『セーラー服と機関銃』の撮影のあと、写真集の仕事で来て以来。あのときもアテネの町は公害がひどく、排気ガスのひどさに呼吸ができなくなりそうだった。ちょっと町を離れればステキな所がたくさんあるんだけれど……。でも今回はすぐミコノス島に渡るので、空港からまっすぐ郊外のマラソン空港までタクシーで行く。道幅が狭く、信号機もほとんどない繁華街を強引に飛ばすタクシー。追い越しをかけられた車は人道の路肩を走るのだけど、みんな慣れっこ。私はひたすら座席に小さくなり、目をつぶって、「怖い怖い」と心の中で叫んでいました。

監督と念入りに打ち合わせ。活気に満ちた現場。水を得た魚のように生き生き演技するひろ子

4人乗りのセスナ機でミコノス島へ。成田から乗って来たジャンボ機に比べるとおもちゃみたい。もし落っこったら、エーゲ海のサメの餌食(えじき)だなあと、はじめはビクビクしていたけれど、幸いこの日は風もなく、ポカポカ暖かで、パイロットのだしてくれたビールを飲んだら、非常に気持ちがよくなって、ぐっすり寝込んでしまった。旅にでると、ほんとによく眠るんですよね、私って。ありのまま落ちても、気がつかないままサメに食べられてたでしょね、きっと。

手作りのレースショップが並ぶメインストリート。壁も窓もお店の中も白一色で夢のよう。テラスでよく冷えたスイカを食べる。日本のよりふた回りぐらい大きくお値段は200円。ミコノス島は観光地なのに何でも安いので感激。潮風に吹かれて最高にハイな気分

40分ほどでミコノス島に到着。ガクンと飛行機が止まるまで眠りこけていたので、蒼い海にぽっかり浮かぶ白い島の全貌を見そこなってしまった。ちょっと残念。1週間分の着替え、ブラッドベリの文庫が2冊、ヘンリー・ジェイムズとギリシア神話の本が数冊。帰国後すぐ撮影に入る映画『野蛮人のように』のシナリオと、梅干しなど日本食のたくさん入ったトランクを持ち、キナ・ホテルへ向かう。シャワーを浴び、夕食までまたまたお昼寝。日没は午後8時半から9時ごろなので、夕食は日本では考えられないほど遅い時間からはじまるのです。今夜は先発のスタッフと合流し、島のシーフードレストランでお食事するプラン。それまで島の人たちの習慣に従い、たっぷり眠りましょう。お・や・す・み。

「今度の映画は小学生、中学生、高校生をいちばんのターゲットにして、もちろん大人の人の鑑賞にも耐えるような、楽しい楽しい娯楽映画にしたいと思っています。いちばん感受性の豊かなときに見た映画って大人になってからも忘れないでしょ」

ミコノス島の気温は日中で35度。日本の夏よりやや暑いくらい。でも海からの風が涼しく、日陰や日没後は、長袖の上着が欲しくなる。空気はからりと乾いて、ビールやワインがスイスイのどを通る。教会もホテルもおみやげ屋さんも、真っ白の壁で、とってもメルヘンチック。虫類を防ぐためとかで、地面も白く塗る徹底ぶり。その昔、海賊の襲来に備えて造った迷路のような坂道をロバがゆっくり登って行く。
ヨーロッパでも指折りのリゾート地だが、観光客は夏しか訪れないので、人々はだいたいのんびりしていて、観光ズレしてないのはいいのだけど、少々テンポが合わない。予約してあるはずのお店に行ったら、土曜日なので釣りに行ってしまって家中からっぽ。やむなく撮影中止なんていうトラブルもしばしば。この島で私たちの専属になったタクシーの運転手さんがおかまさんで、毎晩スタッフのだれかがお誘いを受けた。おねえ言葉はまるっきり分からなかったけれど、内また風の歩き方、目配り、食事時のアクション、毎日着替えてくるファッションセンスなど、おかしいくらいに日本のおかまさんとそっくりで、楽しかったァ。


カリメラ(こんにちは)と、島の人が声をかけてくれる。時を忘れ、自然の営みに身をゆだねた、素朴な人たち。


毎日とってもいいお天気。CF撮影のほかにプロモーションビデオも撮るので、何着も着替える。風を感じる服──ということでスタイリストの女性が選んでくださった。蒼と白、コントラストの強い背景の中でどれもピタッと決まる。久しぶりにパッチリ、メイクをして、おしゃれな気分。

ギリシアから帰って髪を短く切った。成熟した精神を持ち、大人のおんなを装いながらも、どこかに気まぐれで背伸びをしているような、清純なイメージを残すヒロイン球子により近づくために

食べ物ごおいしい。1個200円。日本の物より、ふた回りほど大きいスイカが格別美味。港でとれた伊勢エビをお刺身にしてもらい、おしょう油で食べる幸せ!食後のデザート、ヨーグルトフルーツは満腹にもかかわらず、「お代わりっ」と言いたくなる絶品。トランクの半分を占めている日本食がいっこうに減らず、現地でお世話をしてくれた女性にそっくりプレゼント。いつもなら途中で足りなくなるほどなのに……。ビールやワインをいくら飲んでも酔っぱらわない。急に酒豪(しゅごう)になっちゃった。

50メートル7秒2記録を持ち、高校3年のときまでリレーの選手を務めたひろ子ちゃん。追っかけシーンにも自信あり(?)

ちょうどバーゲン時で、お買い得の靴を2足手に入れた。一つは黒のシンプルなパンプス。もう一足はペパーミントグリーンと、薄いブルーを混ぜたようなきれいな色のサンダル。両方で8000円ほど。あとはアテネの銀製品屋さんで、取っ手つきのお皿と、大理石に銀のスプーンのついたちっちゃな秤(はかり)と、エンゼルの置物を2つ買った。本物だか偽物だか分からないけど、旅の思い出として飾っておくのだから、気にしない、気にしない。レースのお店やさんにも行った。ミコノスのほうが品数も多く、洗練されたデザインの物があったのに、迷って買わずに来たのが失敗。アテネのお店は日本にもありそうなありきたりの備えだったけど、ショッピング最後のチャンスといわれて、レースの縁切りをした綿のシーッとコースターを買った。
買い物はどっちかというとあまり得意じゃない。迷いすぎて買えずに後で後悔したりとか、衝撃買いして結局手を通さず人にあげちゃうとか。だからこのごろはどうしても欲しいなと思うのしか買わないようにしている。

ギリシアではどのお店も11時半ごろからオープン。15時からはお昼休み。その間は読書。ヘンリー・ジェイムズの『デイジー・ミラー』を読む。

ミコノス島に4日、5日目、エーゲ海クルーズの船でアテネのピレウス港に向かう。バカンス中でギリシアの国内線は満パイ。やむなく船での移動になったのだけど、6時間半の船旅は、いろんな国々の若者に出会えて楽しかった。私はグリーンのタンクトップに白のスカート。大瀧詠一のカセットを聴きながら、瞬時仕事も忘れ、プライベート気分を堪能したのです。


翌朝は10時半にセント・ジョージホテルを出発、ペロポネソス半島の西側ナフブリオンにあるエピダウロスへ向かう。紀元前4世紀に建てられた1万2000人が入るという半円形の屋外劇場。石段のような座席はまだ崩れもなく、ピラミッドのように壮大だ。今でも週末にはいろいろなお芝居が上演される。一度見てみたい。
ミコノスに比べ7~8度気温が高く、風の通りが悪いので気温が高くややバテる。車の中に逃げ込んでもクーラーもきかない。でも今日一日で撮影は終わる。頑張れ、ひろ子‼️


ホテルに戻り、新作『野蛮人のように』の決定稿を読む。私の役名は有楢川球子(ゆうならかわたまこ)。15歳で文壇に天才女流作家としてデビューした、20歳のヒロイン。作家としてスランプに陥ったとき、危険な雰囲気を漂わせる若者中井英二(柴田恭兵)と知り合い、やくざの抗争に巻き込まれて、ハードな逃避行に身を役じるというミステリアスなアクション映画。せりふが極端にすくなく、走るシーンが大半。


台本を読んだ限りでは、〟ここが見せ場〝という設定がとくにないので、どこに感情の盛り上がりを持っていくかがむずかしい。川島透監督から〟ちょっと人と違う少女〝の感じが欲しいね、といわれているのだけど、このままでもいいんじゃないかなと思う。私、十分普通じゃないから。
1年ぶりの映画。試験のやり方は慣れたけど、お芝居のほうは忘れてる感じで少し不安。
でも、ぜひにと希望していた川島透監督とお仕事できることになって、ほんとに幸せだ。自分自身とオーバーラップするヒロイン球子。思いきりぶつかり、燃焼させてみたい。
あれこれ考えているうちに、時計の針は午前3時。ギリシアの最後の夜明けはもうすぐだ。