
ジェイ・ジェイ1989年8月号 雑誌
浅香唯 あさかゆい
1969年、12月4日、宮崎市生まれ。
宮崎大付属中学時代、当時の人気マンガ「シューティング・スター」の主人公〝浅香唯を探せ〟でグランプリを獲得。「スケバン刑事Ⅱ」で脚光を浴び、TVドラマ「金太十番勝負」で田原俊彦の妹役を好演。最新作は映画「YAWARA! 」で、柔道がメチャ強い女のコを演じている。

「私、自分のことアイドルと思ってないから」と彼女は言う。外食が嫌いで、毎晩帰宅するとイのいちばんに台所に立って夕食の用意をする。確かに、食事を自分で作るという一項目だけとっても、普通我々がイメージするアイドルとはかなり違っている。
時間は遡り、彼女主演の話題作「YAWARA! 」の一般試写会を見に行ったときのこと。
会場は見渡すかぎり男性、それも中学、高校生といった超ヤングの男のコ達で埋めつくされていた。

当然騒々しい。ところが、映画がはじまるや全員ぴたりと口を閉ざし、スクリーン上の浅香唯だけを食い入るように見つめている。その少々異様な静けさを見るだけでも、彼らにとって浅香唯は、なんてったってアイドルなのである。
「仕事があるときは、家を出て〝今日も頑張ろう〟と思った瞬間浅香唯になるし、家に帰ってホッとすると、もう川崎亜紀(本名)に戻ってるんですよね。結構その辺はパキッと自分のなかでわけられるというか。それにアイドルだから何をしちゃいけないといわれるのがイヤで、今でも一人で電車にも乗りますしね。一度なんて電車を間違えて、目的地となまったく逆、それも見たこともないような景色のところまで行ってしまったの、仕方なくタクシーで帰ってきましたけど…」

彼女の芸能人らしからぬエピソードの一つに、東京に来て5年も経つというのにディスコに一度も行ったことがないというのがある。厳密には撮影で一度行っただけ。
「ディスコとかお酒を飲みに行ったことがないんです。行きたいと思わないし、夜、人が集まる町中に出ていくのが結構億劫なんですよ。友達もみんなそうなんですが今風の遊びを知らない人ばかりで」
プライベートな時間のほとんどは、郷里の宮崎時代の友達に囲まれて過ごすことが多い。

「最初に東京に出てきた頃、夜空に星が見えないのは、毎日毎日雲ってるからだと思ってたの(笑)晴れていても、東京では星が見えないと知ったときはかなりショックでしたよね。だから、休日というと、まず東京を離れることを考えますね。女のコの友達数人と車で空気のきれいなところへ行って、思い切りのんびりして。私は田舎がすごく好きで、青い空に綿菓子みたいな雲を見ると心がなごむんです。こんな雲って、もう東京では絶対に見れないですよ」
話のなかにどきどき「田舎」という言葉がはさまれるが、彼女が口にすると「YAWARA 」同様「INAKA 」と書いたほうが、しっくりくるような気がする。それに、浅香唯が仕事を離れて普通の女のコに戻れるのはこのINAKA があればこそだ。

この日、スタジオのキッチンで、彼女得意のお好み焼きを披露してくれることになった。動きは優雅といってもいいほどスローテンポながら、いざ包丁を握ると、これがなかなかの包丁さばき。これには「うむ、なかなかやるではないか」と、外野もうなった。
「毎日夕ご飯をつくりだしたのは、ここ1年くらい。夜9時までに帰った日は、必ずちゃんとつくります。確かに面倒くさいけれど、外で食べるほうがもっと面倒くさくて。同じ面倒くさいのなら、家でつくって寛いでたべたほうがいいと思うようになったのがここ1年ぐらいのことなんです。それまでは、私だって疲れて帰ってご飯作るなんてヤダと思ってましたもの」

サラダとスープは定番で、残った材料はすべて冷凍する周到さ。冷凍され、次なる出番を待っているもののなかには、母親直伝のスープもある。キャベツ、人参、じゃがいも、玉葱を丸ごと茹でてミキサーにかけたもの。そして、深夜帰ったときのとっておきのメニューは、おかかチャーハンだ。
「すっごく簡単なの。ご飯、シーチキンの缶詰、おかかを炒めて、鍋肌にお醤油をジューッと一まわし。それで出来上がり。でも、これ結構イケますよ」

ちょっと、昔のニャンコご飯みたいですけど、と笑う。
「お料理は中学の頃、母親が働いていたもので、夏休みなんかはバイトのつもりでやってたんです。一日2千5百円もらい、それで買い物をして、残ったお金は自分のお小遣いになったんですよ。だからいかに安く上げるか結構頭を使って、野菜も自転車で安いお店まで買いにいったりお店のおじさんにまけてもらったり。そんな風だから、一日4百円で済む日が結構続いて、お小遣いがたまっちゃってね。(笑)」

お料理だけでなく、お掃除もマメにする。家に
帰ってきたときに部屋がちらかってるのがイヤさに、仕事に出かける前に掃除機をかけて出かける。
「度が過ぎると窓拭きがはじまっちゃうんですよ。どういうときに度が過ぎるかというと、1か月に一度は、すごくお掃除がしたいなと思う日がきて、いても立ってもいられず磨きだしちゃうわけです。」
掃除、料理、お風呂にのんびりつかりながら好きな音楽を聴くこと。ときには、ゲーム好きの彼女らしくファミコンでドラクエの謎解きに没頭する。同世代の誰もが生活の中でしていることを、当たり前にしてみる。それが結局は最大のリフレッシュ法になっているわけだ。

「つい最近父親が東京に来て、一緒に食事をしたんです。田舎の人って、本当に食べるのがゆっくりなんですよ。考えてみると、昔は私も父親より食べるのが遅かったはずなのに、今は先に食べ終えてしまって。これはもう環境の違いだなと思いましたね」
一面では、ファンに対して強烈なアイドル光線を発射しながら、その一方で徹底して19歳の普通の生活感覚を持った女のコがいる。
浅香唯がいわゆるアイドルと一線を画すのは、そんな平衡感覚の部分かもしれない。