8年前の3月11日。
当時2階にあった会社の事務所にいました。
「いつもの地震より揺れてるよね」と思い、下の工場を見るとお客さんから預かっていたトラックがポンポン跳ねていて、従業員さんが必死に押さえていました。(正直、押さえていても意味はないんですがグラサン)
窓から外を見ると歩道にはうちのビルや隣のビルのテナントさんの従業員さんでいっぱい。
「すんごい揺れて物が落ちて、スゴいことになってるゲッソリ」んだそう。
テレビをつけると「東北で大きな地震」と、特別番組になっていて。
次第に津波の映像が放送され始めてガーン
宮城県柴田町の叔父とはなかなか連絡がつかず、翌日になって叔母から連絡がついたと電話がありました。
叔父の家は山側だから何の被害もなかったけれど、後から聞いた話では叔父の奥さんの姉の家が流されて雪の中、屋根の上で一晩明かしたそうで。
その方の孫は幼稚園バスごと流されて、翌日遺体が見つかったとか。
「見つからない子がたくさんいるのに、すぐにきれいなままで見つかって幸せだ」。
えーんえーんそれって、幸せとは言わないよえーん
そういうことでも「幸せ」と言わなくてはいけないなんて悲しすぎるショボーン

夕方になって、9階の自宅(もちろんエレベーターは停止中)に行ってみると、玄関の下駄箱の中身は飛び出し、廊下は横の物入れの引き戸が外れて物が散乱、リビングは食器棚も仏壇も何もかも倒れて食器はほぼ割れていました。
揺れた方向のためか幸い寝室だけは無事。
片付けは翌日にすることにしました。
夕方からは道路は渋滞で車は動かずにタクシーもみんな会社に戻るようでした。
歩道は歩いて家に帰る人達で夜中までいっぱいでした。
家から見えるまだ開業前のスカイツリーの灯りがなんだかもの悲しく見えたのを覚えています。

テレビに映る岩手や宮城の海の近くはまだ更地の所がたくさんあり、福島でも家に帰れない方がたくさんいて。
千葉で津波の被害があったことなんて話が出ることもなくなりました。
埼玉でも山津波がありました。
日本のあちらこちらで災害が続いていますが、忘れてはいけないことだと思います。