生まれてからそれまで墨田区から出て生活をしたことがなかったお姑が、75歳を過ぎて初めて埼玉県東松山市に引っ越しました。
まわりの環境や食べ物などがまるっきり違うので、慣れるまでは大変だったと思います。
しばらくは義妹の「母に近づかないで!の言いつけを守って、東松山には一切足を踏み入れませんでした。
正直、行かなくて良ければそれに越したことはないですからてへぺろ
お姑の部屋には私の両親の霊(当時は私の両親は生きていましたけど爆笑)がいるらしいですしニヤリ
でも、毎年年末から年始にかけて肺炎で入院するお姑。
入居してすぐに入院。
ダンナは病院に持って行く物の用意なんてできるわけもなく、結局入院の用意をしてお姑のところに行きました。
入院中は「点滴」がわからないので、すぐに抜く、点滴をぶちまけてパジャマをビショビショにするので1日に5~6枚パジャマが必要になるから毎日洗濯をしなければいけない等々あり、私が毎日行くことにショボーン
アツコさん、お義母さんに近づいてごめんね~ニヤリ
本音は毎日往復4時間、約2千円かけて行きたくはないですけどえーん
お姑の場合、その当時 自分の年齢を10代後半~20代前半の独身の時だと思っていました。
担当医師は若い男性だったのですが、お姑は若い看護師さんのことを恋敵だと思っていて、看護師さんが自分の身体を触ろうとすると看護師さんをバシバシ叩き、食事を食べさせようとしても毒でも入っていると思うのか
「絶対に食べないからねムキー
若くてもカッコよくない男性介護士さんが食べさせようとしても
「絶対に口を開けないからねムキー

はいはい。私が食べさせるんですねタラー

入院になる原因は毎回尿路感染なので、長くても1ヶ月。
だいたい年1回の入院。
そんな生活を約10年続けました。
介護施設に入った時は斑ボケ状態。
介護施設の嘱託医は認知症に詳しくなかったので、アルツハイマーの薬を飲んではいましたが、認知症はあっという間に進みました。
私が思うに、アルツハイマーではなかったのではないか。
最初は意思の疎通ができたのだから、専門医の治療を受けていれば認知症の進行は止まったのではないかと思います。
でも、そう思えるようになっていたのはお姑が施設に入って別居したおかげ。
嫁と姑ですからイビられていたし、私もそれなりに仕返しをしていましたから爆笑

続く…