母が50歳を超えたある日曜日、晩御飯の支度をしている母の様子がおかしい。


大根と皮ごとの栗をゆでて1品、前の日の残りのかき揚げを焼いてかつおぶしをかけて1品。


普通では作らないような物を作っている。


父も母がおかしいことに気が付き、翌日病院に連れて行った。


そこでは「自律神経失調症」との診断で、2週間入院すれば治ると言われた。



しかしその夜から、母は変わってしまった。基本的な生活が何もできなくなってしまったのだ。


1人では食事ができない、薬も飲めない、トイレにも行かれない、病室のテレビをテレビ台から落とすなど等・・・。


1ヶ月その病院にいたが、自律神経失調症だと診断した医者に「精神分裂病(現在は統合失調症でしたっけ?)だ。ここは精神病院じゃないんだから、さっさと退院して精神病院に行け」と父は言われたらしい。



その病院に紹介された病院の精神科で調べるとすぐに「精神分裂病ではありません。あきらかにアルツハイマーです。」


父「1晩でおかしくなったのは、違う診断をされて違う薬を飲んだせいですか?」


医者「同じ医者の立場としてはっきり言うことはできませんが・・・」


要するに、前の病院で違う治療をされたために、何もできない状態になったということだった。


点滴で薬を抜くと、多少おかしいながらも元の母に戻った。



病院に1年、自宅で1年、その後特別養護老人ホームでの生活を経て、気管切開をしたために病院の老人病床での入院で最初の入院から今年で20年。


10年ぐらい前からは、寝たきりで植物人間と同じような状態で何もわからない母。


そんな母だけど、5年前に父がガンで入院したので私が特養ホームに行き、たぶん何もわからない母に「お父さん末期のガンなんだよ。もうここにはこられないかもしれないよ」と言った時に、母は足をバタバタさせながら涙を流した。


ボケた年寄りは何もわからない・・・そう思っていた私は、ボケていようが植物人間で意識も反応もなかろうが「心」は残っていると確信した。



私の一番の後悔。それはボケた母が自宅にいた時に冷たく当たってしまったこと。


その頃の私は母の状態を受け入れる心の余裕がなかった。


そして、突然毎日の家事をやらなくてはいけなくなったこと。父も仕事をしながら母の面倒を見て、家事もやってくれたが私は「なんで私がこんなにやらなくちゃいけないの?」という気持ちでどうしようもなかった。


「お母さんなんて早く死んじゃえばいいのに!」と本当に思っていた。


(なんでもっと大切にしてあげられなかったんだろう・・・)今はそういう気持ちでいっぱいだ。


そして、母の経験があったからお姑がボケても慌てずに対処することができた。


母のおかげでボケてからのお姑に持つことができた、優しく接することができる心や愛しいと思う心を、母の時には気づくことができなかった。


今は毎日の生活で手一杯で母の病院に行ってあげることができないし、今の母にそういう心を持って接しても遅いことはわかっている。


その後悔の気持ちは一生私の中から消えないだろう。



今のシゲちゃんは、母親がボケたことは認めることができたものの どう接していいかわからない、私が自宅で母を介護していた時と同じような状態だ。


私が自分の経験から思っていることを言っても、まだ受け入れることができない。


今なら十分間に合うのだから、私のような後悔はしないで欲しい。。。