《死んだら、だめなんだ》

今日は、義父の入院している病院にお見舞いに行った。

義父は、はるちゃんが亡くなっておよそ10日後、脳出血で入院。

幸い、命に別状はなく、今はリハビリに励んでいる。

見舞いに行くと、涙もろくなった義父は「がんばるでなーがんばるでなー」と言ってみたり

弱音を吐いてみたり、たぶん、入院生活が精神的にしんどいのであろう。

ずっととりとめのない話を続けて、「帰らないで、もっと居て」アピールw 寂しいんだろうな。

義母は動かない手をマッサージしたり、足のリハビリを手伝ったり。

ひろは「じいじ、がんばれー!」と応援して、

義父は孫の声援にこたえて、一生懸命足上げを頑張っている。

-なんと、温かい家族の風景-

どこかで他人事のようにそう思っている私。

火葬の日、
はるちゃんの棺に花を入れてあげていた時、
義父が言った。

「あーあ、生まれてきたら抱っこできるのを楽しみにしてたのに!がっかりだ」

私は、息が苦しくなったあと、抑えがたい感情が押し寄せてきて

「ごめんなさい!」と少し大きい声でやっと言ったあと、

こんな気持ちで娘を送ってはいけない、と晴子の顔をもう一度見て、心を整えた。

あの時の気持ち。

確かに、憎しみだった。

「お前は十分生きたじゃないか。晴子の代わりにお前が死ねば良かった」

私はあの時一瞬だったが、確かに、こう思ったのだ。

だから、義父が倒れたと聞かされた時、

「またやってしまった」と夫に泣いてわびた。

私はあんなこと思ったから、じいじは倒れたんだ。

はるちゃんの時も、元気じゃない子を産みたくないなんて思ったからこんなことになったのに、

私は同じことを何度繰り返せば分かるんだろう。

大事なお父さんに、酷いことしてごめんなさい!

夫は「あの時、おやじが言ったこと、俺も聞いていた。ちゃんと謝らなくてごめん。今回のことも、はるちゃんのことも、ちえのせいじゃないよ」

そう言ってくれた。

そして、今。

義父がしんどいのは、分かってる。

私も、義父に元気になってほしいって思ってる。

ひろが行くと本当に嬉しそうにしてくれて、

「またひろを連れて浜に散歩に行きたい!」と、頑張ってる。

今回のことで、義父が私が思ってる以上に孫を大切にしてくれていることがよく分かった。

晴子の時の一言も、義父の本音だったんだろう。

でも、違うの。私が今、思ってることは。

義父母はもう、今いる渦中は孫を亡くした悲しみの渦じゃない。

生きているから、なにかアクシデントがあればそのたびに渦が変わる。

晴子が死んでまだ10日足らずで、義父母の関心は他のところに行ってしまった。

もしかしたら、夫も。

私はぶっちゃけ、義父のリハビリがどんなくらい進んだかなんてどうでもいいの。

夫は「今日少しだけだけど、歩けたんだって!おかんからメールがあったよ」とか知らせてくれるけど、

別に、どっちでもいい。

やっぱり、死んでしまっては、だめなんだ。

こうやって晴子が忘れられていくことが、

みなの関心が移っていくことが

悲しくて、悔しくてしょうがない。