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(KBS 2011.03.21 (09:06))
일본을 구하라!
日本を救いなさい!


<アンカーコメント>


日本地震被害地域では連日家族を探す気が焦る理由らが伝えられています。


逆境と苦痛の中で人を配慮して気勢を培ってくれようとする日本人たちの落ち着きも話題になっています。


だが、一部地域で買い占めが広がるなど紛らわしくて不安な心も相変わらずです。


去る一週、日本人の絶望と希望の瞬間らを見回してみました。


<リポート>


津波直撃弾を受けた岩手県、カマイシ、警報音が鳴るやいなや港に海水が押しかけます。


<録音> NHK記者コメント:"現在の見解15時14分です。 カマイシ港近海で巨大な波が見えます。 途方もありません。"


悲鳴に近い叫び、そこまで待避できない人々に向かった差し迫っていた声もあります。


被害復旧がなされながらその間待避していた住民たちが次から次へ自分の村と家を探しています。


<録音>被害住民:"家も流れきて行ったし隣の方らや知人らの中で相変らず連絡が切れた人が多いです。"


廃虚になってしまった村をさ迷う老夫婦.


<録音>菅野-セシロ氏夫婦:"息子、息子を探しています。 (息子? 息子がどこにいたんですが?) 郵便局です。"


いよいよ息子が仕事をした郵便局を探した老紳士は息子の名前を号泣して呼んでみます。


<録音> "ヒロ! ヒロユキ!"


続く妻のかわいそうな声、


<録音> "あなた、行ってはいけません。 危険です。 行ってはいけません"


息子を探すのに幾日か歩き回ってみても成果がないと希望はますますあきらめに変わって行きます。


<録音>菅野(失踪者お母さん):"その野郎は不死身であるから大丈夫だと思ったが…歩いてもくることができる距離なのに帰ってくることができないと思います。"


夫の埋められた位置を確認しても死体を収容できない60代おばあさんはただ礼をするだけです。


胸が崩れる瞬間だが死体を探した自衛隊員に有り難みを忘れません。


<録音>遺族:"ありがとうございます。 (夫を)確認しました"


続く強力な余震.


時宜外れの零下の寒い天気に、視野を遮る吹雪の中でも自衛隊を中心にした救助隊員らの生存者捜索作業は止めないです。


<録音>救助隊員:"私の声が聞こえれば、小さい声でも出してくださいよ!"


地震以後連絡はつかないで生きたのか死んだのかも確認にならない状況.


待避所や官庁には家族と知人の生死を確認する残念な足が絶えないです。


<インタビュー>失踪者家族:"娘がただ生きているのを..."


福島原子力発電所現場に職員50人が残って死闘を行っているという便りには日本列島全体が厳かになりました。


原子炉に海水を入れる前、格納勇気蓋を開けて蒸気を抜いてくれる人が必要なためです。


まもなくお父さんを原子力発電所に送った娘が必ず生きて帰ってきてくれという呼び掛けと死んでも原子炉溶解は防ぐという発電所職員の文字メッセージが一つ二つ伝えられました。


作業現場で人が耐えることができる時間は長く持って15分、追加で130人余りが原子力発電所事故現場へ向かいながら遺憾はより一層高まりました。


<録音>CNNアンカー:"180人余りの職員らが福島原子力発電所現場で必死の作業を始めています。 彼らは生命の威嚇を押し切って仕事をしています。 それで彼らは英雄と呼ばれています。"


原子力発電所作業人員を増やしても事態が良くならないので、日本政府は最後のカードで東京消防署精鋭部隊を投じることにしました。


名のない英雄で呼ばれる139人の消防隊員ら.


<録音>ユジアライ(東京消防署長):"今回の任務は非常に難しいことだと考えますが、日本国家の運命がかかっています。 それだけでなく多くの国民の生命もかかっています。"


一日の後作業現場で帰ってきたこれらは劣悪な現場状況をこのように伝えました。


<録音>消防隊員(昨夜):"屋外タンクが転げまわって残骸が散在していました。 (本来は)機械でホースを延長して水を吹き出す戦略だったが、今回は人力で放射線の中でホースを延長しなければなりませんでした。"


家族に対する有り難みと同僚家族らに対する申し訳ない思いに熱心に涙をこらえる姿も見えました。


<録音>消防隊員:"隊員らは士気が高くて皆熱心にしてくれました。 残された家族には本当に申し訳ありません。 この席を祈って謝罪と感謝申し上げます。"

<録音>消防隊員:"妻に'今から福島原子力発電所現場に出動する'で文字を送ったところ、妻が'日本の救世主になってくれ'という一行が帰ってきた。"


他の人の生命を助けるために死を覚悟しなければならない作業、日本人たちは有り難みと尊敬心を送ります。


<録音>日本市民:"誰かはしなければならないことだがその作業される方々考えれば何か申し上げる言葉がありません。"


生命の威嚇では脱出したが生き残った人々の苦痛も並大抵でありません。


被災者らの最も大きい敵は寒さです。


<録音>岩手、カマイシ(被災者):"(雪が降ったんですけれど寒くなかったですか?) 寒かったです。 何より寒さのために着る服が必要です。"


油不足のために他の地域での脱出も思いもよりません。


<録音>新潟県(被災者):"ガソリンがなくて出てくることができない状況なのでどのようにしてでもはやく安全なところで待避することができるように政府が出てくれたら良いです。"


病に罹っている老人たちにはより一層耐える難しい状況、結局劣悪な待避所環境と災難ストレスで27人が命を失いました。


前後最大規模の惨事の中でも日本人たちは比較的冷静でした。


スーパーマーケットなどには数多くの人々が集まったが物静かに秩序を守りました。


<録音>本間(仙台市民):"食パンは一人当たり一つ、即席料理食品とカップラーメンも一人当たり一個ずつだけ暮らせます。"


心配と恐れの中でも日本国民は割り込んだり争うなどの混乱した姿を見られませんでした。


<インタビュー>タカヒロ シマズ(スーパーマーケット職員):"難しい状況にも混乱はなかったです。 市民ら全部物静かに列をつくったし、互いに助けました。"


2次大戦以後初めて実施された計画停電、電車運行が普段の1/5で与えるなど生活は不便なことだらけだが人を配慮する心は失わなかったです。


<インタビュー>ウチヤマ(東京連続馬具):"(地震被害を)皆一緒に克服すれば笑う日がくるでしょう。"


このように日本人たちが見せた冷静さに対して全世界は賛辞を送りました。


だが、原子力発電所状況が尋常でないうえに生活必需品供給が円滑でないと見ると物静かさを維持した日本人たちも不安に思っています。


特に油事情が劣悪だから、ガソリンスタンドで一時間を待たなければならない老人たちもいます。


<録音>岩手県住民:"私は病院に行かなければならないから自動車がなければ大変です。"


こうなっては一部ではその間見えなかった買い占め現象も現れています。 ついに日本政府が出ることさえしました。


<録音>枝野ユキオ/日官房長官"今回の大地震の被害地域ではガソリンと軽油、重油など燃料の状況がきわめて悪化しています。 被害地域以外の国民の皆様らは買い占めなどを自制するようにお願いします"


大変で苦痛な日々の連続だが、それでも希望は咲いています。


宮城県のある病院、子供を受けて抱いた若いパパの顔には笑い花が咲きます。


<録音>赤ん坊お父さん:"色々な憂いらが消えるといいましょうか。 (生きていく)希望を子供からたくさん受けたこと同じです。"


涙の中に行われたある小学校卒業式は日本人たちの心を鳴りました。


<録音>先生:"普段のとおり卒業式を引き上げてやることができなくて胸が痛くて申し訳ないと考えます"


<録音>父兄:"津波が来た日も無事に待避させて下さってそしてこのように家族の中に回して下さって心よりありがとうございます。 6年間の労苦に心より感謝申し上げます。"


若い先生は離れる弟子らの頭をさわって惜別の物足りなさをなだめます。


<録音>卒業生:"小さい卒業式だったがうれしかったです。"


家族を守ることができなくて大声で泣く限り老人、また会う日を期待する被災者ら、その中でもお互いを助ける暖かい手助けは荒々しい雪を破って訪ねてきたし、いたずら心を失わなかった子供の明るい姿は皆に大きい力になってくれます。


全てのものを失ったが互いに助ける心は津波よりさらに大きな愛になって広がっていきます。


地震が起きていつのまにか9日目、混乱と不安の中でも生活の基盤と国を守ろうとする日本人たちの意志は少しずつ希望を編み出しています。

入力時間2011.03.21 (09:06)
チョン・チャンホァ記者