2023年が始まりました。
ありがたい事に、病院勤務を辞めたので
年末年始の一般的な連休を久しぶりに経験。
子どもが、「ママ明日も休みなの⁉︎」と
毎日嬉しそうに聞いてくれる姿が嬉しい。
些細な事がより特別に感じられる特権。
でも、これだって今の生活に慣れてしまえば
途端に忘れてしまうんだろうな。
そんなこんなで、新学期が始まった途端
我が家は1人、また1人と熱を出す。
Uに始まり、Hちゃん、私とインフルエンザに。
高熱のしんどさと、倦怠感とにやられ、
パパ君への不満や不満や不満を募らせすぎて、
○ねばいいのに
と呪いをかけそうになるほど
腹が立って仕方がなかった。
そして、みんなが回復し出した頃に、
1人遅れて高熱を出したパパ君に
「私の苦しみを1人で味わえ!」と
本気で思ってしまった。
これ久々だなぁと思って。
体調の回復と共に、1人高速を走りながら、
心のザワザワと向き合う。
さすがに〇〇くらいしてくれるでしょ
という私の勝手な思い込みが
ことごとく裏切られてしまった事に
腹が立ったという事。
私の望みは些細な事。
子どもが食べるものくらい用意して欲しかった
翌日の食事の事を気にかけて欲しかった
大丈夫かと優しい言葉をかけて欲しかった
こんな些細な望みすら叶わない事に
絶望的に怒りが湧いたのだった。
こんな時。
普通なら『気の利かない旦那さん』という
愚痴で終わる話なのだけど。
そんな話ではないというこの世の仕組みを
知ってしまっている私は
そうなった原因を自分の中に探しにいく。
たくさんの当たり前だと思っていた事が
実はパパ君には当たり前ではない事を知り、
察っする能力などパパ君にはない事を知り、
察しろよと思っている私に問題があると知り、
怒りではなくて寂しかったんだと知り、
〇〇をして欲しいと言うだけで良かった事、
ただその一言が足りなかっただけと知り。
もう随分昔にクリアしていたこういうやつ。
インフルエンザと共に、
またここに舞い戻ってきたみたい。
「そうは言ってもこんな時くらいは‥‥」
という期待。
私の『こうあるべき』がどんどんと溢れてくる。
辛い時に辛いと言えないのはなぜか?
助けて欲しいのに、
助けてと言わなくても気づいて欲しいと
思ってしまうのはなぜなのか?
言わなくても気づいて欲しい
頑張ってる事を認めて欲しい
もっと私の事を考えて欲しい
私はあなたよりこんなにやってるのに
私は言われなくてもやってあげてるのに
私は言われなくても考えてあげてるのに
これかぁ!
また私の病気が出てきましたねーって感じだ。
我が家はずっと上手くいってたんだけど、
それって結局私の気持ちの持ちようで。
パパ君にして欲しい事は、〇〇して欲しいと
言ってはいたのだけど、
結局また最近我慢してたんだなぁって思って。
勝手に1人で頑張ってたんだなぁって。
ただそれを認めて欲しかったんだなぁって。
体調が良かろうが悪かろうが、
毎日こっちはやってんだよバカやろー!
もっと私を労えー!!大事にしろー!
が本音だ。
恩着せがましさ全開だ。
やってやってんだから、そっちもやんなさいよ!ってやつだ。全然愛がない。
自己犠牲が当たり前だから、
自分の事を大事にしてないから
そりゃパパ君からも大事にされないわな。
そして、1人泣きながら高速を突っ走る。
うんうん、よく頑張ったねぇ私。
もうこんな事は辞めてしまおう。
そんな時間をすごしたら、
絶対買ってやるものかと思っていた
ゼリーや飲み物やらを買いこんで、
絶対かけてやるものかと思っていた
優しい言葉をパパ君にかけてあげられるまで
私は回復する事ができた。
やりたくない時はやらない
やりたい事をやる
誰の目も気にしない
ココに目を向ける事を、少し疎かにしていた。
自分を大切にするを思い出して!
と言われた気がした。
私はすぐに忘れてしまうから。
起こるべくして起きた我が家のイベントだったんだなぁって思う。
心も身体もしんどかったけど、色々と気づかせてくれたことに感謝。