木曜日。
出張先でトラブルがあり、相手の人に早く解決策を伝えたくて会社に問い合わせの電話をした。落ち着いて時間をかけて考えれば1人でも解決できたことなのに。
後から私の電話のせいで他の部署も巻き込んでかなりの大事になってしまっていた事を知り落ち込む。
何で電話しちゃったんだろう。。。
何だか心地よくない気分に気づく。
こういう時は
少し離れた目線で俯瞰して自分を見る事が
大切だと教わった。
どうやら私は、
過去の選択を後悔する癖があるようだ。
あの時はそれが最善の策だと思ったはずなのに
みんなを巻き込んで迷惑をかけてしまった事が
後悔へと変わる。やらなければよかった。
自分を責めてますね。
これ1番良くないやつ。
見方を変えて、捉え方を変えるとしたら。
相手の人にとっては早く解決できてよかった。
これが何よりも1番大事な事だったはず。
それよりも会社の人からどう思われるかを
優先するほど私はこの会社の人からの評価が
怖かったっけ?→いや全然そんな事はない。
たくさんの人に迷惑なんてかけてない。
これは仕事でチームプレー。
それを迷惑だと思う人はいない。と思おう。
だって私はみんなを信頼しているから。
迷惑をかけても誰も怒らない。と思おう。
あの時の自分の選択をもっと信じてみよう。
あの時の自分を否定しないで。
そして、この事は失敗と捉えずに、
いい経験だったなぁと考えるようにする。
次同じ事があったら、
落ち着いて対応できるかもしれない。
頭の中を整理したら気分が落ち着いた。
今回の事、
もし私が電話せずに1人で解決したとしても
時間がかかったと思う。
そしたらそれはそれで、
「何ですぐに問い合わせなかったんだろう」
ってまた自分の選択を後悔するのかもね、
解決したのにだ。
結局選んだ方がパーフェクトな結果じゃないと
もう一方だったらどうだったんだろうかと
常に常に考えてしまうのだろう。
パーフェクトな結果ってなんだ?
そんなものは存在するのかな?
誰がそれをパーフェクトって決めるわけ?
結局のところ、自分への信頼とか自信のなさが
「あれ?これ間違ってたかも」ってなるんだ。
完璧主義なんてとっくに捨てていたはずなのに、どうやらまだ完璧でないとがあったみたい。
完璧じゃなくても大丈夫。
そして、
自分が選んだ道を「これが最善!最高!」と自分で決めてしまえばそれでいいのだ。
自分をもっと信頼しよう。
見方や捉え方を変える練習。
俯瞰して自分を見る練習。