我が家の娘、Hちゃんは。
しっかり者。
一度言ったことは覚えている。
規則とか決まりはきちんと守ろうとする。
他人に厳しいが自分には甘い。ものすごく。
水はそんなに出したらダメ!とか
ご飯を食べないと、おやつはダメ!とか
それは今はやったらダメ!とか
あれはダメ、これはダメ!とか
特に、弟に対してやたらと厳しい![]()
じゃあ、これができたら遊んでもいいよ![]()
とか。
面倒見はいいのだが、
私には、弟を支配しているようにみえる。
「ママー。Uが隠れて〇〇してるんだけどー」
直ぐに私に報告してくる。
私的には、「それがどうした?」なんだが。
なんだかそういう姿を見ていると。
そのうち人に嫌われるのでは。
いつかいじめられるのでは。
そう思ってしまう時がある。
そうなったら可哀想だよなぁと。
でも。
そう思う時は大体私の調子が悪い時。
だという事に最近気づいた。
Hちゃんはかつての私そのもので。
私は元・完璧主義者。
子どもの事を支配しようとしていた。
上のダメダメ!のセリフは私のセリフ。
完コピの娘。言い方もそっくりで。
さすがです。
「かつての」というと聞こえがいい。
それはうそ。
今だってこういう時はよくある。
だから、娘は私を見せてくれる。
嫌われたらどうしよう。
嫌われたら可哀想。
それは私に対してのコトバだと思う。
私が手放したい、支配的な姿。
そういう自分はダメだと思っている。
だからだね。
そんな自分でもいいとは思えないから
そんな娘のことも受け入れ難い。
どんな私でもこれでいいと思う。
嫌われても大丈夫と思う事。
私が自分にそう思えたら
娘に対してこのままでは嫌われるのでは?
と無駄な心配をする事もなくなるのかな。
それに、何より。
忘れたのか、課題の分離の事を。
娘がどう生きようと、
それで生きやすいのならそれでいい。
娘は娘。
それが子どもを信じるという事かな。
嫌われないから大丈夫。
いじめられないから大丈夫。
ではなくて。
嫌われたとしても大丈夫。
いじめられたとしても大丈夫。
このままのこの子で大丈夫。
という事は
子どもを信じるとは自分を信じる事なのか?
私は私のままで大丈夫。
どんな娘でもそのままでいい。
どうなったとしても、私は大丈夫。
そして、気づいた事として。
私の調子がいいとなぜか娘のダメダメ発言
もなくなる。
私が気にならなくなるだけなのか?
不思議だけど、本当にそうだから面白い。