もっと好きな事をして、お洒落をして、

自分の人生を楽しんでほしい!!


私が母親に言いたいセリフはそっくりそのまま

自分に向けて言いたい事なんだって。



自分にお金を使う事に罪悪感があった3年前。

そこから少しずつセルフイメージを変えて

使ってもいいって許可をだしてきた。

そして色々使ってみて。



でも段々と、

「お金を使うこと」で自分を満たすのはよくないという謎の価値観に包まれるようになった。

そういう外側で補おうとするのではなくて、もっと内側を満たさないとダメ!みたいなね。



そうやってまた自分を否定していたのか。

すぐにどちらかを正解にしたがる。



で、私が陥りやすい事。


例えると、こんな感じ。

すごく素敵だからあの鞄が欲しい!

例えばそれがとても高かったりする。

頑張れば買えないわけじゃないけれどそんな値段払えない。でも欲しいんでしょ。

自分の望みを叶えなくちゃ!

あー、でも高すぎる。でも自分のためだよ!

こういうのは怖くてもやってみないと。

んんんんん。

あーやっぱり無理!買えない!

なんだ、結局買えないのかよ?

ほらねやっぱり私にはできないんだ。


って自己否定と自分責めをする。

結局私はその程度。



みたいな事が

永遠と頭の中で繰り広げられているわけ。


これは鞄に限らず。

お金の事に限らず。

新しく何かをするとかそういう事でも。

なんかもう一か八かの勝負みたいな。



この場合はもっと小さな望みから始めればいいだけのことなのに、大きな事をいきなりやろうとして、無理無理無理〜できないみたいな。



私はこういう事が多いと気づいた。


何かを始めるにも、いきなりすごい事目指そうとしたり、できるだけ最短ルートをとか、やるからにはとか。

はじめの1歩がでかすぎて踏み出せない。笑



で、こんな事を繰り返していくと

『やっぱりやれない』が次々増えていって、

いつの間にか、

『私にはやっぱり無理なんだ』

っていう前提がどんどん確立される仕組み。



私には無理▶︎▶︎ほらねやっぱり無理だった

待っているのはこの現実しかないよね。





できない事は一旦忘れて、

できる小さな事から始めたらいいじゃん!

って前に指摘された時、

それはやれない自分を甘やかしてるだけだ

って言ってたなぁ私。



できないくせにめっちゃストイックだった。笑


自分に厳しいというよりも、

理想が高すぎて、プライドが高すぎて、

自分の事できないとか言いながら、

本気出せばできるんです私!

って口だけは立派な痛いやつだった。



で、今はそういう自分の事も

ようやく認められるようになってきた。

それを隠さずオープンにする。

そういうのも含めて私。



自分の身の丈にあった事から少しずつやる。

今は自分にお金を使えないんだな私。

でいいの。


そこに否定を持ってこなくてよかった。

やれない事は今はタイミングじゃないという事で、やれる事からやっていけばいい。



それは妥協でも諦めでも惨めでも甘やかしでもなくて、調整。

もっと私にさせてあげていいんだよ。

その積み重ねが大事。



もっと好きな事をして、お洒落をして、

自分の人生を楽しみたい♡


多分母親に遠慮をしていた。(←これは無意識レベル)

私の根本の原因はたぶんここにもあったと思う。

母の考える幸せと私の幸せは違っていい。

とようやく腑に落ちた。



自分のやりたいをもっと叶えよう♡