周りの顔色を窺い自分の意志で決められない。
そもそも自分の本音ってなんだろう?
私には特別な何かなんて何もない。
この原因を探しに行くと、必ず過去の記憶につながって、こうなったのは厳しい父親に育てられたからなんだってなる。
怒られないように叱られないように。
心のしくみを勉強してからというもの、
うまくいかなくなると
そこがいつも私の着地点となっていた。
そのたびに、
「自分で決めていい。自分の人生だから」とか
「あれは父親の愛情だったんだ」とかね、
握りしめている心の傷に寄り添って、
癒して、手放していく。
このままの私で価値がある。と思い出す作業。
それでも潜在意識にはいつまでも刻まれていて
やっぱりうまくいかなくなると、
ほらほら父親の影響って本当に計り知れない
ってなって、やっぱりそこに到着する。
育った環境のせいにしたいわけよ。
でもそうじゃない考え方を教わった。
周りではなく、自分で自分の道を決めるため
自分の価値は自分で決められる喜びを知るため
自分で自己決定するトレーニングを積むため
そのために私がこの厳しい親を
選んで生まれてきた。という考え方。
親のせいではなくて、
もともとそういう特性があった。
その元々の性質をトレーニングするために、
自分でこの親を選んできたらしい。
「環境のせい」ではなくて
「トレーニングするための環境」。
そんな考え方があったなんて。
今の私にはこの考え方がフィットしたので
これを採用してみることにした。
もう何かのせいにするのは辞めにするのだ!
困難な道であればあるほど、
乗り越えた時の喜びは大きい。
だから私はこんなにも制限された価値観の中で
生きてきたのかもねと言われた。
自分で決める事への抵抗が強いほど
自分で決めていい事を本当に実行できた時
喜びは誰よりも大きくなるよと。
制限をかけているのも私
自分の思いに蓋をしているのも私
許可を出さないのも私
思い込みと前提を書き換えていっても、
まだまだ許可を出せないことも多い。
でも1つずつそれに気が付くところから。
1つ1つがトレーニング!
最近思うことは、もっともっと自分のために
できることがあるということ。
自分にしてあげられることもあるということ。
自分を大事にすることを当たり前のようにやっている人たちと同じ時間を過ごして、とてもいい刺激を受けた!
このまま進んでいくぞ。