今日、ネットニュースでまた、子供の虐待の記事が掲載されていました。

3ヵ月しか生きられなかった赤ちゃん。

親に幾度も暴行されて、何度も何度も骨折や傷を負っていたそうで…。

考えただけで、とても悲しくなってしまいました。


小さい子の事件や事故は、本当に胸が痛みます。

自分が子供を持ったからというのは大いにありますが、元々、妹と歳が離れている為、昔からどうしても置き換えてしまう癖があって、頭で割り切れないんです。


随分昔の話になりますが、「火垂るの墓」という映画を初めて観たのが、小学5年生の時でした。

当時、講堂で映画を観る機会がありまして、その一つだったと記憶しています。

「戦争の映画で悲しい話らしい」と、子供ながらに大体の雰囲気は分かっていたので、気が進まない映画鑑賞でした。

しかし、始まってものの10分位で、私は映画の話の中に入ってしまって、今考えても全然悲しくない場面で、涙がどんどん出てしまったんです。

ほんの冒頭部分で。


友達に、「えー、なんで○○もう泣いてんのー?意味分からーん」って笑われましたが、涙は暫く制御不可能でした。

今となっては、あの涙はナルシスティックで偽善者の涙に見えてたかも知れません。


ただ単に、私はあの幼い節子という女の子が当時5歳の妹に、清太が私に置き換えてしまったからなんです。

ストーリー展開もままならないのに、私はこれから起こるであろう色んな局面を想像してしまいました。

妹(節子)が辛い思いをこれからする…。

その途端、私は胸が苦しくて息が止まりそうになって、泣いてしまっていました。


冷静になるとバカバカしいかも知れませんが、その時の私は、幼い妹に降りかかる火の粉は、どうしても払い除けてやらなければと、映画を観ながら必死に拳を握り締めていました。


妹でもそんな風に思うのに、何で母親や父親が我が子を痛めつけられるのか。

旦那さんに話したら、最近起きた4ヵ月の子供を蹴って死なせたという母親の事件を聞かされました。


子育てが大変なのは理解出来ます。

きっと、家庭の事、家族の事、自分自身や色んな環境が、人によって全然違うと思います。

それこそ、パズルの組み合わせみたいに、何千何万通りと。

それでも、自分の子供を見る限り、しんどくて眠たくて辛くて嫌になりかけたとしても、愛しくて守りたい存在である事に気付くべきです。


本当は、お母さんもお父さんも皆そう思っているはずなのに、きっと忘れてしまっていたんだと思います。

でも、失ってしまった大切な宝物は、もう帰ってきませんから…。

子供はいつでも親の差し伸べる手を待っていると思います。

こんな事件は、もう起きて欲しくないです。