里帰りは2日間でギブアップしてしまいました。

理由は、母との衝突と言うか、それに伴って軋轢が生じて、私の心が乱れてしまうからです。


実家を出て7年以上経ち、段々と自分の居場所を見付けるのに苦労するようになりました。

その為か、ここ何年かは実家に帰っても長居する事がなく、近所に住んでいた時も、ちらりと帰る事も余りありませんでした。


今回の里帰りも、入院する少し前に母と意見の食い違いで冷戦状態になった事もあり、本当は結構ギリギリまで迷っていたのです。

結局、物凄い量の里帰り用の荷物を持ち込んだのに、あっという間に引き揚げる顛末に。


自分が喧々してしまう事で、子供に聞かせたくない声や読み取らせたくない苛立った雰囲気を、自分自身が作り出してしまうのは、絶対に嫌でした。

我慢すれば済む事ですが、ある程度を超えると口に出さないと居られない性分ですので、近親者である母は特にガチンコになってしまいます。

可哀想だなと思うのですが、最近、母も年のせいか少しずつ頑固になって来た様に思います。

元々人の言う事に耳を貸さない人ですが、顕著になって来ている気がします。

私も大概、そういう部分があると自覚していますが、母を見ると我がふり直せと改めて思います。

反面教師ですね。


ただ、母が休みの日には子供を抱っこして話し掛けてくれて、沐浴もしてくれるし協力的です。

私の我が儘で、実家に帰るだの自宅に帰るだの、振り回してしまった父母や姉妹には、本当に申し訳ない気持ちで一杯です。

しかし、実家に居ても結局は洗濯や食事を要請されるならば、純粋に旦那さんの為に家事を行いたいと思ってしまう自分が居て、もやもやを自分の中から消し去る事が出来ませんでした。

いや、入院中に余りにも寂しくて、もう旦那さんの傍を離れる事に拒否反応を起こしていたのかも知れません。


やっと自宅に帰って来て、落ち着いたと思った11日の金曜日。

洗濯物を干そうとしていた所へ地震が起きました。

最初は、ふらついた感じがしたので、眩暈でも起こしたのかと思いましたが、はっと気がついて走って子供を抱き抱えました。

長い間の揺れは、2人で居る我が家に長く留まり、本当に恐怖が込み上げて来ました。

私の居る大阪は、震度3だという事でした。


今現在の時間すら、本当にこのまま流れて行くのか不安になる時があります。

少しずつ少しずつ、色んな情報が明確になって来て、テレビもずっと同じ様な特別報道番組が放映されています。

しかし、自分の目の前に広がる普通の日常と、テレビから映し出される非情な映像や悲惨な実情が、余りにもかけ離れすぎていて混乱してしまいます。

友達が仙台に住んでいる事や、阪神大震災を経験した事を言えば全然無関係ではないのに、まるで東日本と西日本で分断する壁があるかの様な感覚になってしまっています。


明日地震が来たらどうしようとか、まるで阪神大震災の後の様にトラウマが頭を擡げて来ています。

私には絶対に守らなければならないものがある。

何があっても、この子だけは絶対に守っていかなければ。