おはようございます(*´▽`*)ノシ
天然パーマで、朝シャンをしないと出かけられない知恵です。
何気に、みんなに羨ましがられるんですよ。
パーマかけてるみたいって。
いつも綺麗にしてるって。
でもね。
天然パーマは、朝から大変なんです。
朝シャンしないと、髪がまとまりません。
そして、前髪は、ストレートパーマを自分でかけてます。
ちなみに、カットも、カラーも自分でやってます。
これは、天然パーマあるあるなんじゃないかと思うんですが、
高いお金を払って、美容院へ行って、
満足できたこと、ほとんどありません。
正直、自分でやった方が、まし!!
という訳で、知恵、美容院には行きません。
よく、夫タイソンのブログで、子どもの髪を切っているのも
あたくしが天然パーマであるが故に、
うっかりカットできる技術を
身につけてしまったから
子どもたちも、美容院へ行きたいとは言わないので、
ある程度は、満足してくれているようです。
まあ、長男のショーンだけは、美容院に行かせるんですがね。
単に、ボウズが難しいからなんですが。
あたくしがボウズにすることも、気が向けばあります。
そんな訳で、自分で髪をカットし、自分でストレートパーマをかけ
毎日朝シャンしている知恵なのです。
まあ、そのせいか
いつもいい匂いがするって
言ってはもらえるんですがね
で、本題に入ります。
あたくしね。
ずっと、社会保険労務士、行政書士関連の勉強をしていますが、
モチベーションなどというものは、
一切持ってません。
よく耳にするこのモチベーション。
逆に、維持できる人なんているんでしょうか
あたくしが勉強を続けている理由は、
単純に興味です。
学びたい意欲とか、かっこいいものじゃなく
単純に、興味があるってだけのことなんです。
あたくしが興味をそそられる理由は、
やはり業務をやる中で、沸き起こるものです。
世の中には、自分の生活に全然接点がないものを勉強し
資格を取ろうとしてらっしゃる方がいる。
それって
逆にすごくないですか?
あたくしの場合、モチベーションの維持とやらで
勉強しようと思ったら、
恐らく
3日ボウズで終わってしまうでしょう。
だって、大変な量を勉強していく訳ですよ?
考えただけでぞっとします。
そんなあたくしは
ひとつのことを長く続けるコツを知っています。
それはね。
毎日の習慣に取り入れてしまう
ということです。
人間、やりたくないことだって、毎日の習慣にしていたら
何気にやれちゃうんですね。
歯磨きひとつやるのに、
どうしよう、今日は歯磨きしようかどうしようか
といちいち考える人はいないように
毎日の習慣にしていれば、
何も考えず、パッと取り組めるんですね。
知恵が習慣にしているのは
朝起きた時、お昼休み、夕食後~寝る前です。
1分でもあれば、テキストに向かいます。
でもね。
あたくし、4人のお母さん。
やることたくさんあります。
下手すると、子どもたちの話を聞いてやるだけで
1日が終わってしまいます。
当然何時間も勉強する時間なんて取れません。
だから、
無理をしません。
勉強途中に子どもたちが話しかけてきても
ちゃんと対応してやります。
そして、気分が乗らない時は、
ちょっとだけやって
サッサと辞めてしまいます♪
以外とそんな時は、体調が悪かったりして、
いくらやっても吸収できないんですね。
だから、
毎日の習慣の中に取り入れて、
やりたいだけやる
が、知恵流の目的達成方法です。
そのやり方を貫いて、
あたくし、22キロのダイエットに成功しました。
あたくしのような、堪え性のない人間は、
無理は続かないのです。
楽しいと思えるやり方でないと続かないのです。
だから、楽しいこと最優先。
逆に言うと、そうしなければ
子どもたちのことが疎かになってしまうということです。
あたくしは、子どもたちの心を犠牲にしてまで
資格を取る必要がありません。
だって、養ってくれる人がいるんですから。
あたくしにとって、一番大切なのは、
資格を取ることではなく
家族を支えることなのです。
それを蔑ろにしてまで、
資格が取れても
嬉しくも何ともありません。
だってね。
過ぎた時間は戻ってはこないから。
子どもたちが、あたくしを必要としているのは
今なのです。
5年後、10年後ではありません。
あたくしは、母親として
今、子どもたちの心を満たしてやらなければならないのです。
これは、夫タイソンにも常に伝えていることです。
分かってるんだか分かってないんだか
知りませんが
恐らく分かってないと思いますが…
だから、
子どもたちの必要を満たしながらの勉強です。
時間がかかるのは最初から覚悟の上。
あたくしにできるのは、諦めずにただひたすら
続けるだけなのです。
松下幸之助がこんなことを言ってます。
失敗の多くは、
成功するまでにあきらめてしまうところに、
原因があるように思われる。
最後の最後まで、
あきらめてはいけないのである。
と。

