その時に咲いていた銀座の桜
を、今でも忘れません。まだ寝台特急富士号が走っていて(飛行機は早朝便がなかった)、仕事から飛び込むようにして列車に乗りました。
月1ペースで東京出張しておりますが、あの時の事は今でも懐かしく思い出します。
Eine
と言うネーミングすら決まってはおりませんでした。突然
が、「支店を出そうか」と提案。
時代の流れを考え、あまり興味を示さない兄達。
は「大殺界の


達でなく、母
が決めたら良いのでは?」、と話しました。
それから2ヶ月後、何故か
は、Eine
に立っていました(笑)。内装も出来ていないコンクリートのスペース。
何の店かも決まっていないスタート

考えるとおかしな話ですが、フィクションです。
でも今は30代に良い経験が出来た感謝と、なぜ麦畑の隣?だったのかを、冷静に考えられる自分
がいます。Android携帯からの投稿