§

夜空は高くて 星が一面に広がっていた。

立ち止まると ポツンとひとり取り残されそうだ。

 

私は急ぎ足で悦子さんの店へと入って行った。  

 

 

 

「 あらっ やだー マヤちゃんが来てくれたの? 」

 

いつも元気な悦子さんの笑顔を見るとホッとする。 

 

「 あの 悦子さん、 風子 来てませんか? 」

「 まぁ座って。 ね 」

 

「 ご迷惑を掛けてすみません。 連れて帰りますから 」

「 迷惑だなんて 何言ってんのよ 」 

 

悦子さんの気の利き方は 風子と似ていた。

 

 

§

 

「 マヤちゃん、今いくつだったかしら? 」

「 二十三です 」

 

「 えー! 二十三?! 

 大人っぽいわねぇ、フーちゃんよりお姉さんかと思ってたわ 」

 

 

風子は私より ひとつ年上なんだけど、

その場では悦子さんに言わずにいた。

 

 

そういえば、三人の中で私が一番生まれるのが遅くて

団に入りたての十歳の頃は 風子やカノンに子供扱いされたものだ。

カノンとは半年くらいしか変わらないのに。

 

私はその頃を思い出して少し笑った。

 

 

「 マヤちゃんって普段は大人っぽいのに 笑うとさ、幼く見える 」

「 ・・・は、はぁ 」

 

「 私の事を 

 “悦子さん”って名前で呼ぶお客さんは マヤちゃんだけよ。 

 私がもっと若かったら あんたに惚れてるかもよー ガハハー 」   

 

「 ハ・・・ハハハ 」

 

悦子さんの たったひとりの肉親であるお母さんが 

この店を遺して亡くなったのは五年前だったと

小春さんから聞いたことがある。

悦子さんは この店にある物、来る人 全てを大切にしていた。

 

 

 

「 フーちゃんと 喧嘩でもした? 」

「 あ・・・ いえ 」

 

「 ごめんごめん。

 フーちゃん いいコでねぇ。 うちの看板娘にしたいくらい 」

 

「 風子はとても優しくて・・・私にも。

  だから時々 勿体ない気持ちになります 」

「 まぁ~  そう~ 」

 

悦子さんは ほっこりと微笑んだ。

「 フーちゃん奥に居るから。 勘弁してやってね 」 

 

 

 

§

 

悦子さんがいつも丁寧に掃除をしているのだろう、

障子の戸は スーッと滑らかに開く。

背中を向けて座っていた風子が振り向いた。

 

 

「 風子。 帰ろう もう晩いよ 」 

「 マヤ ごめんね 」

 

「 いいよ 謝らなくても。 帰ろう 」

「 違うの。 そうじゃなくて 」

 

「 ・・・ 何が? 」

「 さっき ママさんに言ってくれたでしょ? 私の事 優しいって 」

 

私は頷いた。 

風子は話す声も優しい。

 

 

「 違うよ。 私は 優しくなんかない 」

「 風子・・・ 」  

「 あなたと 藤岡さんの奥さんの事 」

「 え 」

 

 

“ 藤岡 ”  その名を聞いて私は一瞬 固まってしまった。

馨との事を 風子は知ってたのか。

 

 

「 私・・・ マヤの事、 あれこれ詮索したんだよ。

 カノンにまで訊いたりして 」

 

 

( ・・・カノン?  何でカノンが出てくるの? )

 

 

「 カノンに怒られた・・・ それだけじゃない

 あの奥さん マヤの事すごく好きなんだろうに

 他の団員の事も褒めるから

 私、 奥さんに嫌味を言いそうになった事もある 」

 

 

客観的に見た自分に 血の気が引く思いで

私は混乱した。

 

 

馨は 会う度に綺麗になっていったように思う。

 

けれど 私を求めながら  

私を想うと云う気持ちは 外には隠したかったのだ。

 

そんな事は とうに解っていたのに

今でも 想いの表裏にうろたえる自分が情けない。

 

私は馨を想って変わっていたのだろうか。

自分の変化には全く気付かなかった鈍さに呆れる。

 

 

「 詮索したからって 別に・・・ 」

 

力の入らない声は 少し震えていたかもしれない。

当たるなんて間違っているのに 私はイライラした。

 

 

「 女の所に喜んで出かけるなんて  さぞ気味悪く見えただろうね 」 

 

 

風子の気持ちを分かっているのに 何て酷い言葉を投げつけるのだろう。  

 

「 マヤに優しいって言ってもらう資格は無いの 」

 

泣きだした風子に 冷たいと言われても構わないと思った。 

 

 

「 だから何だって言うんだよ? それと仕事と関係あるの? 」

「 関係・・・無い。  でも 」  

 

「 帰っておいで風子。 あんたがいなけりゃ皆が困る 」

「 小春さんが上手くやるから大丈夫よ 」

 

 

その時 部屋の戸がいきなり開いたので驚いた。

カノンが 顔を紅潮させて立っていた。 

 

 

「 あんた 団から離れて外で生きて行く自信があるの? 

 やり残したことは無いの?! 」

 

カノンが強い目で風子を睨む。

 

「 あるよ・・・ 一杯あるよ。 

 あたしだってもっと拍手貰いたい。 もっと光浴びたいもの 」

 

その言葉を聞いて 私もカノンも少し落ち着いた。

 

「 じゃあ それが出来るようになってから出て行きなよ 」

 

 

私は 座っている風子の腕をそっと掴んで立ちあがらせた。

 

「 風子 帰ろう 」

 

風子は零した涙を拭いていたが もう泣いていなかった。

店に戻ると 母親の様に心配する目をした悦子さんがいた。

 

 

「 ママ。 ごめんなさい 」

悦子さんは風子の背中を撫でる。

 

「 またいらっしゃいね。 マヤちゃんも カノンちゃんも 」

「 すみません、 お騒がせして 」 と カノンが謝った。

 

 

 

外に出ると 少し寒い空気が頬に緊張を誘い目が覚める様だった。

並んで歩くカノンと風子の後ろ姿を見つめながら歩いた。

 

 

すぐ泣いてしまう風子と 綺麗で強いカノン。

そして その後ろを黙ってついてゆく私。

 

子供の頃から変わらない。

一緒に居ても それぞれ違う経験をしただろうに。

 

 

私はふと立ち止まってみた。

 

 

今夜が月夜なら 夜の中でも

もみじは紅く見えるだろうか。

 

暗闇の中で感じとれた 鮮やかな色彩の感覚を

私は本当に 忘れられるだろうか。

 

 

「 マヤ 」

振り返ったカノンが優しく呼ぶ。

 

 

私は 今でもやっぱり 自分が一番幼いのかもしれないと思った。

 

 

 

      ~ つづく ~