夕暮れの、

昼と夜が混ざり合う時間が好きだ。

そういえば  空を見上げることも少なくなった。

高校の頃は 

よく見えていたのにな・・・

 

「Hermèsのバッグがいいわ」

「・・・・・」

 

「ねぇ秀斗 聞いてる?

来週、私の誕生日なんだけど」

 

「あ。ああ・・・

そうなんだ」

 

「そうなんだじゃないわよ。 ひどーい」

 

「それで、なに?」

 

「だから~、

秀斗が迷わないように決めてきたの」

 

「何を?」

 

「誕生日プレゼント。

Hermèsのバッグ」

 

「・・・・・・」

 

ヨーロッパをイメージさせる

雰囲気のあるカフェで

俺は  俺の財布と付き合っている女と一緒に

仕事のアフターファイブを過ごしていた。

 

前に付き合ってた女は CHANELだった。

 

女はどうしてこうも 

カバンが好きなんだろう。

 

「もうね、お店も 

色も決めてあるの」

 

恵里菜は両手を頬に当てて 

艶やかな唇でニッコリ微笑み

そのバッグとやらを 

俺が買うって

決め付けてる。

 

そろそろ潮時かな・・・

 

いつものセリフを言えば

大抵の女は離れてゆくんだ。

 

会社は兄貴が継ぐことになってる。 

 

俺はただの平社員だ。

 

窓の外が 宵闇を映し出す。

 

陽が暮れるのも早い・・・

 

都会の中の

自然の移り変わりよりも 

ファッションの方が重要か。

 

女と一緒にいても肌を重ねても 

俺はいつも

心が離れていた。

 

好きになれないんだろうか・・・

 

やっぱり まだ・・・

 

そのとき 外の信号が赤に変わった。

横断しようとする人たちが立ち止まる。

 

「ねぇ 夕食はどこ連れて行ってくれるの?」


あ。 

ビアンキの自転車・・・

 

綺麗な空色。

 

いいな、ああいう自転車・・・・

 

「・・・・え?」

 

「夕食。どこに連れて行ってくれるのって訊いたの」

 

俺は窓の外の 

ビアンキに釘付けになった。


「・・・・ウソだろ」

 

ガタンッ!!

 

「悪い」

 

財布から 札を一枚 

テーブルに置いて

俺は店を慌てて出ようと席を立ったとき

信号が青に変わってしまった。 

 

「ちょっ 秀斗!!」

 

 

待って

 

待って

 

行くな!

 

間違いない。

見間違えるはずがない。チェレステカラーのビアンキを 

必死に追う。

 

もう横断して 

スイスイ先に進んでゆく。

 

俺は 社会人になって初めて全力疾走した。

 

人に ぶつかりそうになりながら。

 

体を 斜めにして

すり抜けながら。

 

ここで  はぐれたら・・・

 

必死で追いかけた。

 

「静!!!」

 

どれだけ走ったろう。


自分の名を大声で呼ばれ、 

ビアンキは  キッと止まった。

 

息が・・・

俺は荒く呼吸をしながら

ゆっくり近づいていった。

 

「し・・・静・・・」

 

「・・・え?  秀斗?」

 

そこにいたのは 

少し大人っぽくなった

俺の愛した 
美しい ひとだった。
 

      ~つづく~

 

♪ お届け曲  

坂本龍一 

【美貌の青空】