朔夜に抱きかかえられながら部屋へと戻った。

 

「・・・・ごめんね、朔夜・・・・」

 

「今 消毒するから待ってろ」

 

 

僕は自分のベッドに腰掛けた。

 

 

ボタンをつけてて良かった・・・

 

見られたくない。 秀斗につけられた痕。

 

髪・・・洗いたかったな・・・

 

 

 

「頭 打ったのか?」

 

ううん と首を横に振る。

 

痛っ 消毒液が沁みる。 

 

 

僕は 朔夜の薬箱を ぼんやり眺めていた。

 

蓋と側面に 赤い十字が描かれていて

 

四角いけれど 角ばっていない曲線の 木でできた優しい感じのする箱。

 

これは朔夜のお母さんが用意したのかな・・・

 

 

 

「誰にやられたんだ?」

 

「・・・・え?」

 

 

できるだけ穏やかに訊こうとする朔夜の声を聞いて

僕は瞬時に色々考えた。

 

やられた って、どういう意味で訊いてるんだろう・・・

 

誰かに殴られたっていう意味か

 

それとも誰かに強姦されたっていう意味か・・・

 

優しく訊いているけど 怒ってるのが分かる。

 

もしも本当の事を答えたら 朔夜はどうするんだろう。

 

秀斗を殴ったりしたら 朔夜は停学になる・・・

 

それだけじゃ済まなくなる・・・

 

 

 

「か・・・階段で転んだ」

 

僕は朔夜の顔を見ずに答えた。

 

 

「本当に?」

 

僕はコクリと頷いた。

 

朔夜はそれ以上 僕を問いただす事をせず

ゆっくりベッドに倒して布団を掛けてくれた。

 

 

「明日の朝、医務室に行くんだぞ」

そっと額に手を置いてくれた。

 

「・・・うん」

 

 

トクン・・・

 

 

電気を消したら 胸の奥で何かが音を立てたような気がした。

 

 

 

次の日、学校で進路調査票を貰った。

 

大学・・・か。

「静、 大学もう決めてるのか?」

 

「・・・うん。 東京の大学」

 

「お。 じゃあ俺と一緒だ。^^」

 

「えっ 本当?」

 

なんか嬉しい♪ 僕は自然と笑顔になった。

 

「住む所 探さないとな」

 

「あ・・・住む所・・・なら あるよ」

 

「え?」

 

高校に入って 僕は一度も 一之瀬の家には戻っていない。

 

入学する前に 一之瀬の父から東京のマンションの一室を与えられた。

 

僕は長期休暇に入ると 東京のマンションに行く。

 

そして独りで過ごしてきた。

 

これからもずっとそのマンションで暮らすことになるだろう。

 

 

 

「朔夜・・・東京で会えるね」

 

「そうだな ^^」

 

 

 

大学ももう決めてある。

大学院にも行っていいと言われている。

 


学費や生活費も 

全く困らないくらいのお金も用意してもらっている。

 

 

何から何まで世話になってしまって 

本当は心から感謝しなきゃいけないのに

僕の心が狭いのか 胸に何かがつっかえている感じが拭えなかった。 

 

 

午前だけの授業が終わって 教室から出ると

違うクラスのコ達が移動教室から自分の教室へと戻っていっていた。

 

 

図書室に本返しに行かなきゃ・・・

 

なにげに窓から空を見上げると よく晴れていて

 

明日も晴れるといいなと思った。

 

 

額の大きな絆創膏がちょっと嫌だけど

朔夜と出掛ける事を思うと気分も晴れた。

 

その時 声を掛けられた。

 

 

 

「シズ」

 

!!

 

 

僕は 咄嗟に本を胸に抱えた。

 

秀斗が近寄って 僕の手を掴もうと手を伸ばす。

 

 

「静!」

 

ハッと振り返ったら、

朔夜に手を掴まれて 秀斗から遠ざけてくれた。

 

「図書室、行くんだろ?」

「う、うん」

 

「じゃあ行こうぜ」

 

 

ああ・・・なんだろう・・・

 

朔夜といると 世界が明るい。

 

もうこの身体を終わりにしてしまいたいと思い続けていたことが

 

段々と薄れていくのが分かった。

 

 

 

日曜日。

 

あいにくの曇り空だった。

 

それでも僕は朔夜と一緒にバスに揺られながら出掛ける事に満足していた。

 

 

 

動物園に来る人は少なくて 動物達も少し寂しそうに見えた。

 

曇っているからか 少し肌寒い。

 

 

虎さんってこうして見ると、想像より大きいんだなと思った。

象さんの絵を 幼稚園の遠足で描いたな。

 

 

「静、 クマに餌やってみる?」

「え。 うん♪ ^^」

 

 

朔夜が売店で クマの餌を買ってきてくれた。

 

ヒョイッと投げると 両手でバシッと掴むのが面白かった。

 

「アハハ ^^ 上手く取るなぁ」

 

「ね、あっちのクマさんにもあげようよ」

 

「クマさん? 静、クマさんって言うの?」

 

 

「へ? 可笑し~い?」

 

そういえば 僕って何にでも “さん”を付けるかも。 

 

幼稚だ。

恥ずかしくなって 顔が赤くなるのが分かった。

 

すると朔夜は 温かい眼差しで頭をポンポンってしてくれる。

 

それが面映(おもはゆ)くて 更に赤くなるんだ。

 

 

 

トクン・・・

 

あ・・・また。

 

 

なんだろう これ。

 

「静、キリン見に行こう」

 

僕は何故か動けなくなって じーーっと朔夜の手を見つめてしまった。

 

 

どうしよう・・・

 

手を繋ぎたい・・・

 

どうしよう・・・

 

 

「しーず。 行くぞ」

と 朔夜は僕の右手を握って歩き出した。

 

 

トクン  トクン  トクン  トクン

 

どうしよう・・・・

 

嬉しい・・・・

 

嬉しい。 

 

僕は にぎにぎっと 朔夜と手を繋いだ。

 

「大きいね。 まつげが長いねー」

「なんか模様が可愛いな ^^」

 

 

ゆっくり近寄ってきたキリンの首のところにある模様の一つが

なんとなくハート型に見えて ウキウキしてしまった。

 

 

「パパー キリンさんにあげるー」

 

隣を見ると 3,4歳の女の子とパパとママがキリンを見上げていた。

 

どうやら女の子は餌をやりたいらしい。

 

 

 

・・・萌美・・・

 

 

「・・・朔夜」

「ん?」

 

「朔夜は兄弟 いる?」

「いるよ。兄貴と姉貴。 俺、末っ子なんだ」

 

 

「へぇ~。お兄さんと お姉さんがいるんだ」

「静は? 兄弟いるのか?」

 

 

いるよ。 

 

14歳離れた 小さな妹。 

 

萌美っていうんだ。 

 

笑うと可愛いんだ・・・

 

「・・・ううん。 いない」

「そっか、 ひとりっこか」

 

 

「・・・うん。 ねぇ朔夜。 このキリンさんも兄弟いるのかな?」 

「うーん。 いるかもしれないな」

 

「アフリカにいるのかな?」

「かもしれないな」

 

 

僕はキリンを見上げて思う。

 

君はどうしてここにいるの?

 

 

本来 君はアフリカにいて 

お父さんやお母さんや兄弟といるはずだったんじゃないの?

 

 

「どうして・・・ここにいるの?」

 

独り言のように呟いた。

 

温室のリンリンにも同じ事を言った気がする。

 

 

「え?」

「あ、ううん。なんでもない^^」

 

 

僕らは スピーカーから「蛍の光」が流れるまで動物達を見ていた。

 

繋いだ温かな手を 離したくないと思った。

 

 

~つづく~