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落下防止用ネットを外し 私は綱渡りという仕事に挑む。
落ちたら最期。 命はない。
吸い込まれそうな恐怖に 負けてたまるか。
震えを観客に気付かせてはだめだ。
離れた客にも見える様に
優雅に大きく四肢を伸ばし、 一本の綱の上で舞う。
ジャンプして ターンして。
明日は綱の上で一輪車に乗ってみよう。
そう思っていたその時だった。
足を踏み外し真っ逆さまに・・・
落ちてゆく! 落ちてゆく!
「 マヤ!! 」
誰かが私の名を叫ぶ。
耳を塞いだ時に聞こえるゴーッという音に包まれ
私は地面に叩きつけられた。
息を飲むように 今日も目が覚める。
一瞬、 今自分が居る場所が この世かあの世か分からなくなる。
最近 落ちる夢を頻繁に見る様になった。
怖いと思ったら負け。
私は毎朝、 今よりももっと 綱を高く長くしようと思う。
§
私はサーカス団に居た。
此処に連れて来られたのは十歳の時だった。
もう十三年になる。
私がもっと小柄で可愛い顔だったら
辿り着く場所は此処ではなかっただろう。
親に見放されたり 身寄りの無い子供を何人か引き取って
団長と その妹・小春さんが芸人に仕込んでゆく。
私達は皆必死だった。
帰る場所など無い。
慰めてくれる人もいない。
使い物にならなければ また捨てられるという思いが
いつも心の底に張り付いていた。
やがて私は綱渡りの芸を身に付け 客に観て貰える様になった。
同い年のカノンは 空中ブランコに乗り花形スターになった。
子供の頃から綺麗な顔立ちだったカノンは
年を追うごとに妖艶さが増し 地方地方で男性達を虜にした。
大きな会社の会長や社長が カノンを引き取りたいと願い出たけれど
彼女は此処を離れようとはしなかった。
「 私には 此処でしか叶えられない夢がある 」
裕福な暮らしの未来図を跳ね返すほどの強い目で見つめ返された男達は
眩しいカノンと、 カノンのいる団を快く援助する。
§
「 マヤは手足が長いのね 」
動物使いの風子が 上から水が流れる様に私の腕を撫でて言う。
「 私はマヤの綱渡りが一番好き。 うちではあなたが一番のスターよ 」
風子はあまり運動の得意な子ではない。
宙を舞う仕事は出来ないが 動物達を操って
ひと時の癒しを 期待と緊張で膨らんだテント内の客に贈る。
特に 動物達が走りながら次々に背中に乗っかってゆく
< ブレーメンの音楽隊 >は、 親子連れに人気だった。
「 マヤ、 今夜一緒に眠っても良い? 」
「 ダメ 」
風子は私の芸をよく褒める。
ターンが出来なかった時も褒めちぎっていた。
カノンは私を褒めはしない。
あれこれ指摘もしない。
ショーが終わると「 お疲れ 」と言うだけだ。
風子がふっくらとした胸をくっつけてくると
私は不思議と懐かしさをおぼえる。
遠い日に そんな温かさに触れた日があったのだろうか。
一緒に眠れば寒さをしのげるだろうが
憶えていない記憶に 甘えてしまいそうになる事が怖かった。
「 今日も良かったよマヤ、 お疲れさん 」
団長が労ってくれた。
「 団長、 次からはネット外してくれませんか? 」
「 ・・・ なんだと? 」
「 その方が お客さんが喜ぶでしょ? 話題になれば儲かるし 」
「 お前 金と命とどっちが大事なんだ? 」
「 死ぬのが怖くて 綱渡りなんかやってらんないよ!
それとも 私が死んで責任問われるのが怖いの?! 」
「 自惚れるのも大概にしろ! 」
私は 爆竹のような平手打ちをくらった。
団長は落ち着いた声で諭すように言った。
「 そんなに追い詰めるな。 死んで後悔しても遅いんだよ 」
ポンと肩に手を置かれ、 私はその場に取り残された。
追い詰めた方が 良いものを見せられるのに。
客が見たいのは 生きるか死ぬか ギリギリの綱渡りだ。
少しでも気持ちを緩めたら 地獄行き。
それを渡り切ってこそ
誰も手にした事のない歓声と拍手を貰う権利が与えられるのだ。
そして私は今日も 張り詰めた綱から落ちる夢を見る。
~ つづく ~