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降ってきた雨が止むまで

相棒の折りたたみ自転車と   

小さな雑貨屋の屋根の下で雨宿り。

 

私は今日のナンバーを思い浮かべていた。 

 

 

ちゃんと唄わないと。

美しい詩の 難しい歌。

自分の未熟さが よく分かる。 

 

その時 ふと 

雨の音に溶けて甦ってきた柔らかい響き。

 

あれは もう何年も前のこと。

 

 

 

 

“ 私を 月へ連れて行って

  星の間で遊ばせて

  木星や火星の春を私に見せて

  それはね  手をつないでほしいということ

  つまりね   キスをしてほしいということ   ”

 

 

 

何もしてあげられなかった人からのリクエスト曲。

 

「 フランク・シナトラのように カッコよく? 」

 

「 いいえ   

 さよならの日は  ボサノヴァで 」

 

 

出会いと別れが 波のように繰り返し

あれは遠い日と  思い出になる日が訪れる事を知った。

 

 

 

§ 

 

もう上がったかな?

 

空を見上げると 雲の切れ間から陽が差していた。

 

手の平を差し出すと、 

雨雲から最後の粒が落ちてきた。

 

 

涙の様なその粒は  握りしめる前に

私の薄い感情線を伝って 

ゆっくりと落ちて 消えていった。

 

 

私は自転車のペダルを踏み込んで 

月へとつながる 小さなステージに向かった。

 

 

 

 

おしまい