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ナナは 少し変わっているところがあった。
唄っている時や 他の人の歌を聴いている時以外
時折フッと 心此処にあらずといった遠い目をする。
その様子を見ると 私は彼女を全てから守りたくなった。
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「 綺麗な人ね 」
聞こえていないのか ナナは黙って
いつものように少し放心しているような目だった。
「 今の人・・・知り合い? 」
しつこい。 私には関係無いではないか。
以前はもっと多くの人と このコはイチャツイテいたんだから。
「 え? ああ。 あれ? 」
あれって。
「 母親だよ。 私の 」
「 まさか 」
いつもの 直ぐにわかる嘘。 しょうがないコね。
そう思って微笑んだけれど 表情を変えないナナを見て本当だと分かった。
「 若いわね・・・ 凄く綺麗だけど もしかしてハーフ? 」
素直な感想に 鼻で笑われた。
「 いいや 」
「 心配してきてくれたのね きっと。 実家には帰ってるの? 」
「 実家・・・ 実家って? 」
彼女は キョトンとした目で私を見つめた。
しまった。 余計な事を訊いてしまった。
「 実家なんて とっくに無いよ 」
何でも無い様に かわさなければ。
「 へぇ。そう 」
「 あの人の ”今の”旦那と
仕事の取引してる人の奥さんがさ、
私みたいなのが好きなんだって。
前に此処に来たことがあるらしい。 覚えてないけど 」
「 それで? 」
「 まぁ・・・ “お近づきになりなさい”って事なんじゃないかな 」
「 お近づき? 」
意味を聞く前から 何だかゾッとした。
「 “こんなところで 歌い手として唄ってないで
パトロンになってもらえば良いのよ。 凄いお金持ちなのよ” だってさ 」
呆れた。 自分の娘を売るつもり?!
「 あの人の口癖ってさ、 面白いんだよ 」
「 お母さんの口癖? 」
「 前を向いて 前に進んで 楽しく生きていきましょう 」
一見、至極尤もな ポジティブな考え方だ。
誰もがそうありたいと思う。
けれど 今その言葉を聞くと
誰かの 何らかの犠牲の上で成り立つ身勝手にも聞こえる。
「 お嬢さんだから。 あの人は。
自分が幸せで笑顔じゃないと
子どもも幸せになれないから この子の面倒宜しくって
私を祖母に預けたんだよ 」
そして思い出すように宙を見つめて呟いた。
「 あの人・・・ 家には どれくらい居たかなぁ・・・ 」
本当に ただ数えて計算しているだけのような無表情な瞳。
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私は 血の気が引く思いがした。
彼女の母親がしてきた事と
私が今している事と 何が違うだろう。
( 母親だって 一人の時間を大切にしたい。
やりたいことを まずやってみる。 前に踏み出す事が大事。
仕事も ファッションも 恋も。
子育てに追われて キャリアも何も無いオバサンになるなんて ごめんだわ。
私はもっと 輝けるはずよ。
だから 留守番しててね。 ママ頑張るから。
母さん この子の事、お願いね。 )
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「 ま、私の身の上話なんて どうでもいいんだけど 」
ナナは 珈琲を一気に飲んで 疲れた様にうなだれて肩を落とした。
「 ただ・・・ 桜の木が 」
「 桜? 」
ステージでは 他の歌い手のブルースが流れ始めた。
「 ううん。 なんでもない 」
夢から覚めたように 背を伸ばし目をキラキラさせて
ナナはステージに身体を向けた。
私は 訊いてはならないことを訊いてしまった。
それは ナナに対しての質問か、
それとも ナナを使って、 自分の娘に対しての質問だったのか。
「 ナナ・・・ 寂しい? 」
ゆっくり振り返った彼女は 微笑んで答えた。
「 全然 」
ライトが当たっているのに、遠くに感じるステージを背景に
歌に聴き入る彼女の横顔のシルエットが くっきりと浮かんで見えた。