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次の日、 カノンに封書が届いた。
郵便が来るなんて珍しかった。
私は外で柔軟運動をしていると、
突然カノンが部屋から飛び出した。
手には ぐしゃぐしゃに握りつぶした薄茶色の封筒があった。
「 ちくしょう! ・・・ちくしょう!! 」
何事かと皆目を見張ったが、声を掛ける間もなく
小屋の隅に隠れるようにうずくまり歯を食いしばって涙を流していた。
「 ・・・カノン 」
近寄ろうとしたその時、団長が私の肩に手を置き
カノンの元へ行こうとするのを静止した。
「 さっ 皆、練習だ。 自分の場所に戻れ 」
団長が寄ると その胸でカノンは泣きわめいていた。
その日の午後の練習で カノンは二度、
空中ブランコを掴み損ね 落下防止用のネットに落ちた。
団長が声を荒らげる。
「 気を緩めてるんじゃねえぞ!そんな芸、客に見せられるか!! 」
「 すみません! もう一度お願いします!! 」
カノンは練習を止めるどころか 急く様に何度も空を舞った。
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「 全く酷い話だよ 」
二日経った晩、 カノンの涙の理由を知った。
団長と小春さんが話しているのを聞いてしまった。
カノンの元に届いた郵便は 遠い街の役場からだった。
父親の 福祉援助の申請用紙だったらしい。
娘のカノンには 扶養義務があるという。
「 あの子を邪魔者にして虐待して・・・
兄さんも あの子がここに来た時の事を覚えてるだろ?
痣つくって ボロ着せられてさ・・・
捨てるようにここに連れてきて、前金までせびったんだよ?
それからずっと ずぅっと知らん顔しといて。
自分が困ったら養えだなんて
よくそんな厚かましい事ができるもんだ 」
小春さんが 我が事のように怒っている。
団長は黙っていた。
「 あんなロクでもない親に カノンを会わせちゃいけないよ? 」
「 小春、 この話はもう止めだ。 カノンにも話を振るなよ 」
「 だって・・・ 悔しいじゃないか。 兄さんは平気なのかい?! 」
「 役場には援助できないと 俺からも伝える。
子供の頃の事情を言えば 考慮してくれるだろうさ。
ただ どんな親であってもな、
親の悪口言われて喜ぶ子どもは 居やしねえよ 」
団長の言葉に 新鮮な驚きを感じた。
そんな大人もいるんだと。
その時、 後ろから声を掛けられた。
「 マヤ 」
ギクッとした。 カノンだった。
後ろに彼女がいた事に気付かなかった。
「 聞いたんだ、 話 」
「 あ、 ああ・・・ うん まぁ・・・。 ごめん 」
「 え、 何が? 」
「 盗み聞きみたいな感じになっちゃって 」
「 わらっちゃうよね。 親には何の期待もしてあげなかったのに 」
笑ったカノンは穏やかだった。
怒りは感じず 少し哀しそうに見えた。
「 あたし、 お金出そうと思うんだ。 少しでも 」
私は掛ける言葉を見つけられない。
「 ・・・なんで? 」
私も この話は理不尽に感じるが、
役場の担当者に連絡してみると
父親は病で もう長くないと無機質な口調で告げられたそうだ。
「 悔しいんだけどね。 なんでかなぁ・・・ 」
カノンの大きな瞳が哀しげに潤んで 静かに溢れた。
私はそっとカノンの肩を抱いて頭を撫でると
彼女が幼子みたいで 愛しくて胸の奥が狭くなる。
見上げた空に 月は見えなかったけれど
その分 星たちがはっきり見える。
カノンには 滲んで揺らめいて見えるのだろうか。
さめざめと泣くカノンの涙が きらきら光る星の雫のようだった。
ふいに 私の脳裏に或る記憶が甦ってきた。
ここで生きてゆくきっかけになった 遠い遠い夏の日を。
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迎えに行ったのだ。 あの女を。
保証人とか言ってるオバサンに連れられて。
バスに長い間揺られて
知らない集合住宅の部屋の前に立たされた。
「 アキちゃん、 出てきてちょうだいよ! 」
これでも一応私に気を遣っているらしい。
「 マヤちゃんも来てるよ。 お母さんに会いたがってるよ可哀想に 」
可哀想? 何言っちゃってるの この人。
すると中から 見た事も無い男が出てきた。
がっしりしているけれど神経質そうな顔の男だった。
「 うるせえ! アキはいねえよっ さっさと帰れ! 」
「 アキちゃん居るんでしょ? お金払ってもらわないと困るんだよ! 」
「 いねえって言ってるだろうが! 」
嘘だ。 母はいる。
襖の向こうに 絶対いる。 私には解る。
「 マヤちゃんが心配して来てるのよ! 」
オバサンは本当は お金の流れが心配なくせに私の名を何度も使った。
男とオバサンの間から じっと穴が開くほど襖を見つめたが
ついに母は出てこなかった。
男は 迷い込んだノラ犬を蹴り出すように
乱暴に戸を閉めた。
私はその時、 どんな顔をしていたのだろう。
「 困ったもんだよ、あんたのお母さんには。
あちらこちらで 変な噂がたってるだろ?
まさかとは思ってたんだけどねー、あたしは。
向かいの奥さんも 角っこのお婆さんも言ってたよ。
アキちゃんが若い男に
借金までして貢いで遊びまわってる ってね。
あたしは言ってないよ?
あんたも大変だろうけど あんたに働いて返してもらうしかないね。
そのつもりでいて頂戴ね 」
筋肉の反射のように頷いた。
表情は奪われ のっぺらぼうのような顔だったろう。
けれど 心の中ではおぞましい言葉が炎のように渦巻いた。
( うるさいババァ共、 お前ら全員地獄に堕ちろ! )
それからだ。 私が泣かなくなったのは。
ひとりで生きて行かなければいけないと思ったのは。
“ 私 ” という子どもは
母にとって 切り札にはなれなかったのだ。
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私達は いつまでも可哀想な子供のままではいられない。
不幸に酔う時間があるなら その時間を這い上がる力の為に使おう。
練習しよう。 追い詰めよう。
私とカノンに フランスのサーカス団から誘いがきたのは
それから一週間後の事だった。
~ つづく ~