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築100年以上も経ったアパルトメント。

けして広くはないけれど、 中庭があり花や木が植えられ

日当たりも風通しも良い部屋。

それが今の私の住まいだ。

  

学生時代を過ごしたフランスで暮らす。

叶わぬ夢だと思っていたのに 

私は 自分の無鉄砲ともいえるエネルギーに感謝する。

 

「 ママ かっこいい。 頑張って!応援してるよ! 」

娘の言葉が心から嬉しくて 

どちらが親か分からないくらい 私は娘に抱きついて泣いた。

そして これまで関わってきた人に

心の中で 「ありがとう」と「ごめんなさい」を 何度も言った。

 

デザイナーといっても それで直ぐに生活できるほど甘くは無い。

けれど インテリアの勉強も ショップでのアドバイザリーの仕事も楽しかった。

 

お友達もでき、

ブルターニュ地方へ小旅行したり 刺繍教室に通う心の余裕も出来た。

 

休日は蚤の市へ足繁く通う。

シンプルな空間を好むので、必要以上に買い物はしないけれど

並べられたアンティークの小物や

小さな家具を見ているとウキウキした気分になり

年齢など忘れて夢中になる。

 

友人からプレゼントされたキャビネットはお気に入りだ。

モチーフ編みや刺繍作品を丁寧にしまう瞬間も

心穏やかな気持ちになるのだった。

 

( さ、 夕食の用意でもしようかな )

私は 出来上がった草花の刺繍をしまおうとキャビネットを開けた。

 

( だいぶ増えたなぁ。 少しは上手になったかしら )

これまで作ってきたものの一番下に、 それはあった。

  

  

唄う青い鳥。

 

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再婚すると嘘をついた時も フランスへ行くと告げた時も 

ナナは 「 良かったね。 おめでとう 」と優しく言って 

私を追っては来なかった。

 

時がどんなに流れても 恋焦がれた日々が遠くなり

たとえ何かが薄くなっても 忘れないものがある。

 

ひとは誰しも それぞれの引き出しの奥に大事な物をそっと仕舞って

時々 懐かしく思い出して泣いたり 後悔したり 

愛しさに 愚かさに 微笑んだりするのかもしれない。

 

私は何かに弾かれる様に部屋を出た。

青い鳥のハンカチーフを持って。

 

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メトロを降りて 広場に出ると、

温かな色のグラデーションに包まれた空が待っていた。

広場のマネージュ(回転木馬)は 

星の欠片で作られた金平糖のように 可愛らしく輝いていた。

 

係員が紳士のように手を差し伸べて ゴンドラの席に迎え入れてくれた。

私はバッグから 小さなハンカチーフを取り出し 膝の上に広げ、

青い鳥の刺繍を大事に包む様に そっと手のひらを置いた。

 

目線を上げ 他の席を見ると子どもたちが親御さんにもう手を振っている。

四十を過ぎたおばさんが 一人で乗るなんて変に思われるかしら。

でも それもいいわ。

 

何故か 手を振り返す親御さんたち全員が

私を理解してくれているように思えた。

永遠は 美しいけれど哀しい と、知っている様に思えたのだ。

 

祈るような恋をする日も また来るかしら。 

少しずつでもいいの。 

明るく 前向きに生きましょう。

  

係員が満面の笑みで 送り出すように告げる。

動き出したマネージュの中、

私は係員と同じ言葉を 笑顔で手の中の青い鳥に囁いた。

 

  

「 Bon Voyage! 」

 

よい旅を。

 

~ おしまい ~