自作小説 『桂の都』
縁側の向こうでは蝉時雨(せみしぐれ)と入れ替わりに
日照雨(そばえ)が静かに光りながら降ってきました。
彼は言いました。
「わたしが上手に落としたなら 何かくれますか?」
私たちは 表の眩しさがくっきり映えて臨める和室に
下弦の月の影がある事を知り
止まりそうな時間に吸い込まれない様
何か微笑ましい遊びをしようと、
投扇興(とうせんきょう)をやる事を思い付きました。
「そうですね・・・
満月の夜 水面に映る月のかけらをすくって
あなたに差し上げましょう 」
彼は鮮やかな瞳を見せ 柔らかく微笑みました。
そして たっぷりと空気を含んで 独り言のように呟くのでした。
「・・・嬉しい」
面映い(おもはゆい)気持ちを抑え 私は彼に問いました。
「私が勝ったら どうしますか? こう見えて私は得意なのですよ」
いたずらっぽく笑みを浮かべてみました。
「ええ。 そうですね。
先(せん)にあった投扇興で あなたの扇が切った空(くう)を
わたしはそっと胸にしまいましたから。
さて・・・ どうしましょうか」
伏目がちに考える彼の長い睫(まつげ)に
何処よりも早く 宵が舞い降りたように見えたので
悟られない程度に 私の心は、暫し熱く揺蕩う(たゆたう)のでした。
「紅掛(べにかけ)の花色が 明け方の空に咲くのを見ましょうか。
ふたりで」
◇
夕霧を届けよ と、
扇は風になだらかに乗り くるりと宙に円を描きました。
蝶の鈴の音が 静かの海に零(こぼ)れて響きました。
~おわり~
縁側の向こうでは蝉時雨(せみしぐれ)と入れ替わりに
日照雨(そばえ)が静かに光りながら降ってきました。
彼は言いました。
「わたしが上手に落としたなら 何かくれますか?」
私たちは 表の眩しさがくっきり映えて臨める和室に
下弦の月の影がある事を知り
止まりそうな時間に吸い込まれない様
何か微笑ましい遊びをしようと、
投扇興(とうせんきょう)をやる事を思い付きました。
「そうですね・・・
満月の夜 水面に映る月のかけらをすくって
あなたに差し上げましょう 」
彼は鮮やかな瞳を見せ 柔らかく微笑みました。
そして たっぷりと空気を含んで 独り言のように呟くのでした。
「・・・嬉しい」
面映い(おもはゆい)気持ちを抑え 私は彼に問いました。
「私が勝ったら どうしますか? こう見えて私は得意なのですよ」
いたずらっぽく笑みを浮かべてみました。
「ええ。 そうですね。
先(せん)にあった投扇興で あなたの扇が切った空(くう)を
わたしはそっと胸にしまいましたから。
さて・・・ どうしましょうか」
伏目がちに考える彼の長い睫(まつげ)に
何処よりも早く 宵が舞い降りたように見えたので
悟られない程度に 私の心は、暫し熱く揺蕩う(たゆたう)のでした。
「紅掛(べにかけ)の花色が 明け方の空に咲くのを見ましょうか。
ふたりで」
◇
夕霧を届けよ と、
扇は風になだらかに乗り くるりと宙に円を描きました。
蝶の鈴の音が 静かの海に零(こぼ)れて響きました。
~おわり~
