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自作小説 『桂の都』

縁側の向こうでは蝉時雨(せみしぐれ)と入れ替わりに
日照雨(そばえ)が静かに光りながら降ってきました。

彼は言いました。

「わたしが上手に落としたなら 何かくれますか?」

私たちは 表の眩しさがくっきり映えて臨める和室に
下弦の月の影がある事を知り
止まりそうな時間に吸い込まれない様
何か微笑ましい遊びをしようと、
投扇興(とうせんきょう)をやる事を思い付きました。

「そうですね・・・
満月の夜 水面に映る月のかけらをすくって
あなたに差し上げましょう 」

彼は鮮やかな瞳を見せ 柔らかく微笑みました。
そして たっぷりと空気を含んで 独り言のように呟くのでした。


「・・・嬉しい」

面映い(おもはゆい)気持ちを抑え 私は彼に問いました。

「私が勝ったら どうしますか? こう見えて私は得意なのですよ」

いたずらっぽく笑みを浮かべてみました。

「ええ。 そうですね。
先(せん)にあった投扇興で あなたの扇が切った空(くう)を
わたしはそっと胸にしまいましたから。
さて・・・ どうしましょうか」

伏目がちに考える彼の長い睫(まつげ)に
何処よりも早く 宵が舞い降りたように見えたので
悟られない程度に 私の心は、暫し熱く揺蕩う(たゆたう)のでした。

「紅掛(べにかけ)の花色が 明け方の空に咲くのを見ましょうか。
ふたりで」




夕霧を届けよ と、
扇は風になだらかに乗り くるりと宙に円を描きました。

蝶の鈴の音が 静かの海に零(こぼ)れて響きました。

~おわり~