小さな料理店。 それが父さんの夢だった。

私は 由季さんと一緒に働いていた会社を辞め、

父さんと母さんの 手伝いをするようになった。

常連さんもできて 忙しい毎日で 充実していた。

 

今日は お店は休みだけど

由季さんが、 仕事帰りに 会いに寄ってくれる。

 

ほんの少し 強引に誘ったことを後悔していた。

私は少し緊張していた。

先日  約束をした後、 あの光景を見てしまったから。。。

 

店の近くの路地から 幹線道路に停車した車が見えた。

「 あれっ? 」

 

あれは・・・  

 

 

§

 

由季さんは基本的に無口だ。

テンションを上げて話すところを 見たことが無い。

 

年齢が離れているから っていうだけじゃなく

この人は おしゃべりが得意じゃないのだ。

 

沈黙って  本当は私は苦手なんだけど

由季さんは別。

この人の話すペースも 黙っている時の雰囲気も

私は出逢った時から好きだった。

 

仕事も 私は付いていくのに 本当は必死だった。

由季さんは 難しい事もテキパキこなす。

上の人たちが、 この人を とても信頼しているのを

私は知っていた。

 

立ったり 座ったり、 手を伸ばしたり 足を組んだり、

そういった 何気ない普段の動きが とても綺麗で

私は時々 見とれていた。

 

一人で居る時 鏡の前で真似をしてみたが

パーツの長さが違うからなのか

あんな風に 綺麗な姿形にならなくて ため息が出たこともある。

 

 

<  美加ちゃんは  素直で可愛いね  >

 

あの時  無防備にそんな言葉を掛けられて

私はどうしようもなく この人の事が

大好きなんだと気づいたのだった。

 

由季さんを見ているだけで嬉しいはずなのに

私は いつからか、

由季さんの気持ちが ちょっとでも自分に向いてくれたら って

心のどこかで 思うようになっていた。

 

ただ、 この人は おそろしく鈍感で、  

この人に好きな人がいる って分かった時

たまらなくなった私は、

自分から突っ走ってしまった。

 

鈍いから 正直 イラッとする時もあったけど

実はそこが良かったりする・・・ 

と思う自分が笑える。

 

 

§

 

「 こんにちは 」

「 あ 由季さん いらっしゃい 」

 

こんな風に 二人だけで会える幸せな時だっていうのに

私は 先日のあの光景が頭から離れなかった。

多分 笑顔が引きつってる。

 

珈琲を ひとくち飲んだ後 由季さんは言った。

「 美加ちゃん、  なんかあったの? 」

 

「 えっ?」

「 いつもと 違うから 」

「 い、いや 別に。  あの・・・ あ、 アハハ・・・ 」

 

「 どした? 」

 

そんな 心配そうな目で見ないでほしい。

 

 

この人・・・   

分かってんのかなぁ・・・?

 

そんな真剣な目で 真っ直ぐ見られると 

見られたほうは メロメロになっちゃうってこと・・・ 

 

 

 

「 この前・・・ね、 店の近くで   

 ゆ、 結城さん・・・ だっけ? あの人を見たの・・・ 

 まぁ・・・ それだけ。  ハハ、 ハハハ 」

 

不細工な笑い顔になってるのが自分でも分かった。

 

 

「 ・・・・ そっか 」

由季さんは 少し力が抜けた穏やかな声で言った。

 

「 琴子さん   一緒にいたんでしょ? 」

 

( !  うっっ )

 

どうして分かっちゃうの? 

心、 透けて見えてるんだろうか。

私は咄嗟に  自分の胸元を確かめたけど

当然 透けてなんかいなかった。

 

「  な、なんで  あの二人が一緒にいるの? 」

 

何 馬鹿な事 訊いてるんだろ。

誰が誰と居ようと 自分には関係無いのに。

 

由季さんは  左手でゆっくり頬杖をついた。

「 ん・・・ 一緒に居てもおかしくないよ。 夫婦なんだから 」

 

「 え・・・ ええっ!?  夫婦?  琴子さんと結城さんが? 」

「 うん・・・  まぁ “ 元 ・夫婦 ” だけどね 」

 

驚いた! 

由季さんに 別々で関わっていると思っていたのに

あの二人が “元” とはいえ 夫婦だったなんて・・・!

 

「 もと・・・って   じゃ今は違うんだ・・・」

 

少しだけ微笑みながら 由季さんは頷いた。

コーヒーカップを ぼうっと見つめて

何かを想っているようだった。

 

 

琴子さんの事・・・  考えてるの?

 

 

こんなに すぐそばにいるのに

私は   走って 追いかけて 

由季さんの手を 掴みたくなった。 

 

 

「 ね、ねぇ 由季さん。 今度の日曜日、 空いてる?」

「 え?」

 

「 デ・・・ デートしてっ。 私と。  遊園地行こ 」

「 遊園地?」

「 あ。 もしかして 絶叫マシン、 怖い?」

由季さんは笑ってくれた。

 

「 今度の日曜って・・・  ああ。 うん。 じゃあ・・・ 行こうか 」 

「 やった! 約束だからね。 もうスケジュール入れちゃだめだよ 」

 

「 わかりました。 でも  お店は? 」

「 休みを貰う。 看板娘も たまには羽伸ばさせてもらわないとね。

  父さんに 有給 せがもうかな?  エへへへ 」

 

 

私は由季さんに 笑っていてほしい。

いつも気楽でいてほしい。

 

辛い気持ちも 切ない想いも 

私には見せてくれないのは 分かってる・・・

 

私は 由季さんの笑顔が好き。

だから あなたが笑顔でいられるようにしたい。

 

日曜日  どうかどうか晴れますように  と

両手で小さな花を包むように願った。

 

                つづく