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源氏物語 『紫陽花』 : 宮園雪


 


 


 


源氏の君の愛した御方、藤壺の女院様が御隠れあそばされて


 


御主上(おかみ)が申されました。


 


 


「源氏の大将。 一度あなたの屋敷に連れて行っては下さらぬか」


 


 


御主上はまだ少年でしたが、心のどこかで


 


本当の父君を存じ上げておいででした。


 


 


 


「それは・・・・構いませぬが・・・・」


 


「我が母の為に数珠を手にして頂いている。


 


 本当に有難う」


 


 


それほど 父君は母を愛しておられたのか・・・・


 


 



 


「今宵は月も出ぬそうな。 たしか・・・紫の上とやらがいらっしゃると」


 


「え、ええ」


 


 


「聞けば 我が母の姪にあたる御方。 母に似ておりましょうか」


 


源氏の君は黙っておいででした。


 


紫の上は男。


 


それが知れては、と 心騒ぐ面持ちになるのでした。


 


 


屋敷に着くと、庭を箒で掃除している見慣れぬ下男がおりました。


 


「紫の上はおるか」


 


下男は源氏の君の声に振り返りました。


 


 


!!!


 


源氏の君は 心の臓が飛び出るくらい驚きました。


 


下男は 髪を結い上げた紫の上だったのです。


 


 


「奥様は臥せっておいでですが・・・・」


 


自分のものになってくれるなら 何でも許す と言ったものの


 


まさか 男の格好をするなどとは思ってもいなかったのです。


 


なんという色香。


 


 


「・・・・あじさい と申します」


 


「あじさい? あなたは御仏の花の側でお生まれになったのか?」


 


「・・・・このお方は・・・・?」


 


 


「あ、ああ。 し、東雲の皇子とおっしゃる御主上の義理の弟君だ。


 


 ご挨拶なされよ」


 


 


「・・・・」


 


「・・・・」


 


この方が・・・・御主上


 


この人が・・・・紫の上


 


 


御二人とも 素性を明かさずとも分かってしまいました。


 


 


「あなたは・・・女院様に似ておいでだ」


 


「・・・・そうですか、わたしは紫の上様の縁戚ですので・・・


 


 しかしながら女院様に似ているとは畏れ多いことでございます」


 


 


「そ、掃除はもうよい。 なにか馳走はないか?」


 


源氏の君は気が気ではありませんでした。


 


 


「桃枝がございますので 奥で御寛ぎ下さりませ」


 


「・・・・よい。 桃枝はまた今度・・・あじさい殿、庭を案内してくれるか」


 


「あ・・・はい」


 


 


夏を待つ庭は 花は萌えるように咲き 緑が空に映え


 


天の園もかくやの美しさでした。


 


 


「・・・・紫陽花を・・・植えておられるのですか、大将」


 


「はい・・・仏花とは申せども このように愛らしい花でございます。


 


 四ひらの花弁には それぞれ天からの雫が舞い落ちて


 


 私達を映してくれまする」


 


「なるほど。 清明も連れて来れば良かったな」


 


 


「もうじき蛍もまいりましょう。 今宵は新月ですし」


 


「よう見えるであろうな・・・・私は紫の上と見たい」 


 


「う・・・東雲の皇子・・・・」


 


「源氏の大将。 もしも・・・主上が


 


 紫の上に階位を授けたいと申されたら・・・どうなさる?」


 


 


階位・・・つまり入内せよ、と。


 


 


「お言葉ではございまするが、皇子様。


 


 紫の上様の背の君は この源氏の御大将ただひとりでござりますれば


 


 入内はいたしかねると仰せになられるでしょう」


 


「・・・・どうしても?」


 


「・・・・はい」


 


 


紫の上! そこまで この私を想ってくれているのか!


 


愛しい人よ。


 


あなたは私のものだ。 永久に。


 


 


御主上は 少し残念な顔を浮かべて


 


「では あじさい殿、一緒に蛍を見てくださるか?」


 


「勿論でござります。 今宵はきっと 貴方様の掌にも蛍が参りましょうぞ」


 


 


けして変わらぬ この人の愛に


 


源氏の君は 心から安心したのでした。


 


 


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「宮園君、電話だ。宝生の弟だよ」


 


「あ、新さんが?」


 


「ああ。こっちから電話したのさ。 


 


 お前さんがいなくなって 随分心配してたからな」


 




僕は旅館の電話を取った。


 


「もしもし新さん?」


 


『ああ!雪(せつ)さん! 心配したよ、京都にいるんだって?』


 


「・・・・・はい・・・・はい。すみません、ご心配かけてしまって」


 


新さんは電話口で ふぅっと息を吐いた。


 


 


『兄さんのことも心配要らないよ。 早く帰っておいで』


 


「・・・はい、 新さん ありがとう」


 


 


泣きながら受話器を置くと、教授がポンと肩に手を置いてくれた。


 


教授も透さんも微笑んでいた。


 


それがとても嬉しくて 安心できて


 


千鶴さんの元へ戻ろうと、一刻も早く あの人のところへ戻ろうと想った。


 


 


つづく。