七月一日。


 


僕は京都に降り立った。


 


快晴で 梅雨の水分をすっかり吸った木々の葉は


 


キラキラと眩しく 僕を迎えてくれた。


 


 


まずは 丸善に向かったのだが、


 


入口に 「檸檬を置かないで下さい」と張り紙がしてあって


 


僕は思わず苦笑いした。


 


まさに それを行うためにきたのだもの。


 


置き去りにするのはいけないことだろうけれど


 


何冊か地味な色の本を重ねて、頂上に檸檬を置いた。


 


そうして高梨君を想い 淡い口づけを思い出し


 


そっと唇を撫でた。


 


しばらく 眺めていると 


 


店員さんが態(わざ)とらしく僕の横に来て咳払いをしたので


 


僕は檸檬と本を片付けて 丸善を後にした。


 


 


哲学の道を 文学について語り合いながら高梨君と歩けたら


 


どんなに楽しいだろうと思った。


 


 


ベストセラー作家になって 芥川賞を


 


 


僕らの夢は 今の木々の葉のように 生き生きとしていた。


 


 


清水寺では音羽の滝を眺め、 離れた場所から舞台を臨んだ。


 


あの場所で千鶴さんは 舞ったことがあるのかもしれない。


 


 


時間は既に夕刻になり、


 


鹿苑寺のそばにある宿に予約して、金閣へと向かった。


 


 


嗚呼・・・・ため息しか出ない・・・・なんという美しさ。


 


僕は 金閣と 舞台で舞う千鶴さんを重ねて見つめていた。


 





 


奥まった場所にあるのに 風が吹いた。


 


白南風(しらはえ)・・・・


 


 


 


「鞍馬山の遮那王もかくや。


 


 宮園の若の美貌は こんなにも荘厳な金閣寺に負けていませんな」


 


聞き覚えのある声に振り向いた。


 


「福山教授・・・?」


 


「探したぜ。北山の寺で会うとは 宝生に嫉妬されそうだな」


 


「・・・・どうして? 教授が?」


 


「ばーか。 お前さんを心配してるのは宝生千鶴だけじゃないんだぞ。


 


 例の伯爵様たちに かっさわれたんじゃないかって


 


 宝生の弟からSOSを発信されたってわけさ」


 


「・・・・新さんが・・・・」


 


「いや、偶然というか必然というか 俺もこっちに用があってな、


 


 試しに高梨の所へ行って良かったよ。


 


 まさかお前さんが京都にいるなんて 思いもしなかったからな」


 


 


高梨君・・・・刺青のことは言ってないのかな・・・・・


 


「そうだ、高梨君から手紙を託(ことづか)ったよ」


 


「手紙を?」


 


「うむ。 本当は自分の作品を君に読んでもらいたかったそうだが」


 


「・・・・・・」


 


「それはもう・・・叶わぬことだ と言ってね」


 


 


『初夏の風』 :川上澄生


 


初夏の風となりたや 


 


彼の人の前にはだかり 


 


彼の人のうしろより吹く 


 


初夏の風となりたや


 





涙で視界が滲む。 


 


「お前さんは宝生の気持ちを考えたことがあるか?」


 


「え・・・・」


 


「天然のお前さんのことだから 高梨や伯爵たちの心まで奪っちまうんだろうが


 


そういうところが危なっかしくて愛おしくて たまらないんだよ、宝生は」


 


 


千鶴さんの気持ち・・・・


 


そんなにも求められているなんて・・・・


 


僕は・・・・


 


千鶴さんの元から離れようとしているのに・・・・


 


実家に戻って 仏行を と思っていたのに。 


 


 


「とにかく。 今夜はお前さんの泊まる宿につき合わさせてもらうぜ」


 


「あ・・・・はい。 ご心配をおかけしてすみませんでした」


 


 


「それは東京の宝生の所に帰って言いな。


 


 俺は 恋女房を迎えに来たんだ」


 


「えっ!!」


 


 


「そんなに驚くことかよ。 あ~でも驚くかもな。 相手は男だからな」


 


「え、ええっ?」


 


 


「関西人なら なんでやねん!って突っ込まれてるところだぞ、


 


 お前さんが言うか」


 


「あの・・・・京都の方ですか?」


 


 


「生まれは九州。 今は大阪の楼閣にいる」


 


「楼閣・・・・」


 


 


「変な目で見るとぶっ飛ばすぞ」


 


「見ませんよ、変な目で」


 


 


教授は ポンと僕の頭に手を置いた。


 


「透っていうんだ。 よろしくな」


 


「あ・・・・はい」


 


「さて、腹も減ったことだし宿に向かおうぜ」


 


「そうですね」


 


 


と 歩き出した教授の後をついて歩いていたら 急に教授が立ち止まって


 


僕はぶつかってしまった。


 


「なんですか、一体」


 


「あれ見ろ」


 


視線の先にいたのは・・・・


 


「うわっ」


 


地面を這う何匹もの蛇だった。


 


「どうしてあんなに蛇が・・・・」


 


「あれかな、梅雨の雨で巣が塞がったのかな」


 


 


僕らは 蛇を珍しく見ながら 金閣を後にした。


 



 


 


「大風呂に行こうぜ。 汗かいた」


 


「あ・・・いえ僕は・・・・手ぬぐいで拭きますから」


 


「へぇ~ ま、いいか。 じゃあ俺ひとりで行くぞ」


 


「はい」


 


 


やっぱり高梨君は 僕の刺青の事を話していないらしい。


 


 


「知ってるか? 体はな あんまりゴシゴシ洗わないほうがいいんだ」


 


「え、そうなんですか?」


 


 


にっこり微笑んだ福山教授は鼻歌交じりに浴場へと向かった。


 


 



  


 


その晩。


 


千鶴さんに抱かれている夢を見た。


 


僕しか知らない あの声、あの表情。


 


僕を天にも昇らせ 奈落へと落とす あの体・・・・


 


「・・・・・ぁ・・・・・ぁぅ・・・・・」


 














 


・・・・・熱い・・・・・


 


背中が燃える・・・・


 


熱い・・・・っ


 


 


「おい宮園、起きろっ火事だ!」


 


「え・・・・・ええっ?」


 


 


僕は一気に飛び起きた。


 


焦げ臭い・・・・


 


 


「ゴホッゴホッ」


 


「ここじゃないらしいが近いぞ。 着物着て荷物をまとめておけ」


 


「は、はいっ」


 


 


部屋から飛び出した僕らと 女将さんがちょうどはち合わせた。


 


 


「ああっ女将! どこが燃えてるんだ?!」


 


「福山様、宮園様 ここにいれば安心ですから 外に出ないでくださいませね!」


 


 


動揺してる・・・


 


もどかしいのか 教授がもう一度同じことを尋ねた。


 


 


「どこが燃えてるんだっ 女将っ」


 


「き・・・・金閣寺が・・・」


 


 


な!


 


僕らは目を見開いて視線を合わせた。


 


次の瞬間 僕の体は弾けるように勝手に動いていた。


 


 


金閣寺が・・・金閣寺が燃えてる?! 嘘だろ?!


 


 


「お、おい宮園!待て!


 


くそっ 火事場の何とやら  俊足かよ、 女将っ 荷物を頼む!」


 


「ああっ 行ったらあきまへんっ!!」


 


 


昭和二十五年 七月二日 午前二時


 


鹿苑寺 金閣 炎上!


 




龍馬伝より 『想望』