話しって・・・・ 僕は妙な胸騒ぎがした。
今日は 早く事を済ませて 帰ってもらおう・・・
「俺の名前、知ってるか?」
「え」
何を言い出すのかと思ったら。
「福山雅治先生ですやろ? あ、碁盤が無い・・・吉さん忘れたんやろか」
「いや。 俺が必要ないと下げてもらったんだ」
「そう・・・・」
いつも 寝所に入る前に碁を打って、笑って・・・長い夜が訪れて・・・
「お前 九州の出身だろ」
「・・・・」
「いくら船場言葉でしゃべっても 九州の人間にはごまかせないよ」
そうか・・・先生も九州なんだ
「先生、妓娼の過去を尋ねるなんて ご法度ですよ」
騙し 騙され、 許し 許され、 泣かせて 泣いて
親にも見放された僕が流れ着いたのは
孤独癖と裏腹な ひと肌を求め 求められる場所だった。
「喉が・・・・乾いてしまいました。 お流れを頂戴できますか」
先生は 酒をくっと口に含み 僕を抱き寄せた。
口移しで 火照る酒が喉を通ってゆく。
「本当はなんて名前なんだ?」
「・・・・・」
そんな事を訊いてどうするんだ。
「お前を落籍(ひか)せたいと楼主に申し出た」
「え?」
胸に広がる 嬉しさと猜疑心。
いや・・・嬉しさの方が遥かに大きい。
信じるのは自分だけと 常日頃から思っていたのに
惚れるとは なんて脆いものなんだ。
でも・・・落籍(ひか)せるって事と 身請けするって事は違う。
僕なんかが先生の隣にいてはいけない。
無理に笑顔を作った。
「先生、うちを落籍せたいって 幾らかかると思ってますのん?
なんぼ大学の先生や言うても 借金背負うてまで 男娼を側に置くなんて
アハハ、おもろいなぁ先生」
「俺は本気だ」
「うちが嫌や! ここが似おうてるんや。 東京なんぞに行ってもつまらん!」
「ほら やっぱり九州の子だ」
ああ・・・先生・・・・困らせないで。
「俺はね、長崎なんだよ」
「・・・・・」
「あの日、 居たんだ。 長崎に」
「あの日?」
「8月9日」
「・・・・・」
「体の中に放射能が残ってる」
「・・・・・・結婚しないのは・・・そのせい?」
「いや。 お前が欲しいから」
先生は 真っ直ぐに僕の目を見てそう言った。
「ぼ・・・・僕なんか・・・がらくただよ」
あ・・・・涙で目の前が滲む。
「先生・・・笑われるよ、僕なんかが・・・・隣にいたら。 大学にもいられなくなる」
自分だけを信じろ 自分だけを信じろ 自分だけを
「もう金は払った」
え・・・・ええっ?
そんな大金・・・まさか借金してまで?
「だからお前はもう 男娼じゃない。 俺と東京で暮らすんだ。 いいか、 ずっとだ」
「・・・・けど・・・けど・・・生き方を知らない。 僕は・・・・」
誰からも必要とされなかったんだ
「お前 親はいるのか? 挨拶・・・したいんだけど」
「・・・・母さんは僕が生まれても面倒を見てくれなかった・・・
父さんは・・・・母さんの旦那さんじゃない 違う人・・・・戦争で・・・死んだ」
「・・・・そうか」
先生は 壊れ物を扱うように 僕を抱きしめてくれた
ああ・・・時はこんなにも穏やかに流れるものなのか・・・
「お前の名前・・・当ててみようか」
え?
「薫・・・・」
どこから出てくるの そんな名前。
僕は泣きながら なんだか笑ってしまった。
「俺の生徒に源氏物語を自分流に書いてるやつがいるんだ。
お前は 薫の大将にそっくりだ。 いい匂いがするし、生い立ちも」
「薫・・・・違うよ先生・・・もう忘れそうになったけど思い出した。 透だよ」
「透? 似てないか? 薫と」
二人でクスクス笑った。
「今夜から お前を独り占めするからな、覚悟しとけよ」
好きだと心から言える人
ありがとうと心から言える人
僕を優しく縛ってください。
ずっと ずっと・・・・
終
