◇
「影頼(かげより)が欲しい」
帝(みかど)は斎王の元へ赴き、 卜定(ぼくじょう:占い)を願いました。
巫女となった斎王は 元は帝の妹君、皇女でした。
斎王は 帝が来られることを前もって知っていたかのように
卜定の用意をして待っていました。
「影頼には逢うた事がござりまする。 確か・・・わたくしより一つ二つ下だったと」
「そうだったな。 そなたにも会わせたことがあった。 美しく育っておるわ」
斎王は 口元にだけ笑を浮かべました。
骨で作られた石を 川に流すように床に転がしました。
しばらく見つめたあと、 ゆっくりと答えました。
「・・・・凶」
帝は落胆の嘆息をつきました。
「・・・・もののけが憑いておりまする」
帝の眉が歪みました。
「もののけ・・・とな?」
「桜・・・これは・・・・桜のもののけでござりまするな」
「・・・・祓(はら)えば どうなる」
斎王は もう一度 石を転がしました。
「・・・・吉にござりまする」
帝の表情が明るくなりました。
「では そなたの力で祓うのじゃ。 影頼はどうしても欲しいのだ」
「衆道・・・でござりまするか?」
今度は帝が 口元に笑を浮かべました。
「あれほどの美しい若者はそうおるまいて。 我が傍で愛でたいのだ」
「・・・・影頼(かげより)に憑いているもののけは 生きておりまする」
「人・・・なのか?」
「はい、それも・・・御仏に仕えておりまする」
「まさか・・・稚児坊主か?」
「・・・・いいえ・・・前髪の・・・長い黒髪の美しい男子(おのこ)」
「・・・・どこの寺じゃ」
「さぁ・・・そこまでは・・・
しかしながら そう遠くはござりませぬゆえすぐに見つかりましょう」
「美しい男子(おのこ)か。 フン。 花郎(ファラン)にでも贈るか」
「ほほ・・・ 帝の御手を煩わさずとも 道はござりまする」
「ん? なんとする」
「民の望みを叶えるのです」
「民?」
「雨が降りませぬ。 このままでは秋の実りは不作となるでしょう。
帝が民のために動けば 名声も上がりまする」
「どういうことじゃ」
「桜の男子(おのこ)を遣って雨乞いをするのです。
わたくしも 御仏の力を見てみとうございます」
斎王は目を細めました。
「しかし御仏に仕える者に白羽の矢を立てるのは如何なものか」
「ふふふ・・・造作もない。
帝は時をお待ちになって。 あとはわたくしが手配いたします。
あなた様の元に影頼が上がれば わたくしも楽しみが増えまする。
櫻姫とは 月明かりに消ゆるものでございます」
「そなたが・・・時折 恐ろしいわ」
「麗しの帝に似たのでござりまする」
◇
春は 影頼(かげより)に抱きしめられたまま 花の上で眠っていました。
空が暁に染まる頃、 いつも 時が経つのを止められれば と思うのでした。
「はる・・・私は そなたの他には何も要らぬのだ」
影頼は春の平たい体に手のひらを滑らせ 朝露に濡れた髪をすくいました。
後ろに一つに束ねていた黒髪は
揺さぶられるうちに解けて 波のように揺らめいたのでございました。
春は男子(おのこ)でありながら 女子(めのこ)のようにも見えました。
影頼が一番初めに春の裸体を月明かりに見たとき
この世のものとはおもえぬ美しさに涙しそうになったほどでした。
「影頼(かげより)様・・・」
「その濡れた瞳を誰にも渡しとうない。 私の傍にいつまでもいてほしい」
「嬉しい・・・です」
春は 桜の花のように頬を染めました。
叶わぬ願いであっても 自分を慕う言の葉だけで
春は 満ち足りた気持ちになるのでした。
「そなたの声が好きだ」
「・・・声?」
「私しか知らぬ声だ。 二人で共に越える時 そなたが上げる あの声」
春は顔を真っ赤にして 影頼の胸に埋めました。
「あなた様を 心よりお慕いしております」
「私もだ、春」
影頼の指は 容赦なく春の弱い部分をえぐり 熱をこもらせてゆくのでした。
「・・・・ぁ・・・ん・・・あぁ・・・あっ 影・・・頼さ・・ま・・・ あっ」
仰け反る春の甘い乱れは 四季折々の山々よりも美しいのでした。
影頼は春の体中に唇を落とし、
深く口づけを結び 空の高みへと導くのでした。
「あぁ・・・は、る・・・春・・・ぁあっ・・・」
揺らめく二人の動きに合わせるように
煙るほど香る花々の種子が 光射す空へと舞い上がりました。
◇
「これは 帝の勅(みことのり)である」
春と和尚様は 帝の従者の言葉を恭(うやうや)しく聞き入れる他ありませんでした。
「よいな? そなたは櫓(やぐら)の中で経を書けば良いのだ」
「・・・・櫓の中で経を・・・・」
雨乞いの儀式が どういう意味なのか春には解っておりました。
「和尚様。 捨てられていた私をここまで育てて下さって・・・・」
「春よ、 そなたを・・・助けられる方法はないものか」
春は一生懸命微笑みました。

「いいえ、和尚様。 本当に有難う存じます。
春は御仏の遣いとなって雨を降らせましょう」
「春・・・・」
◇
夕空が茜に染まる頃、 春は櫓の前に立ちました。
帝も斎王も 民たちも見つめていました。
「なんと綺麗なお姫様・・・」
「馬鹿を申すな、あれは男子じゃ。 しかしほんに美しいのう・・・」
民たちは春の美しさに見とれてしまいました。
「さぁ、稚児よ。 御仏の力を借りて民を救うのじゃ」
櫓(やぐら)に向かって 斎王が太刀を捧げるように抱え上げ 頭を下げました。
春は黙って 櫓の中へと入ってゆきました。
「春!! 春!!!」
!
あの声は・・・影頼様・・・
春は胸が締め付けられるようでした。
御仏に捧げる身、されど心は影頼を熱く欲していたのです。
「やめるのだ! 春をどうする気なのだ!!」
「ええい! 無礼者!! 帝の御前であるぞ! ひったてい!」
「春っ 春ーー!!」
帝も斎王も 瞼を重く開けていました。
春の涙が頬を伝い、手の甲に零れてゆきました。
(影頼様・・・もう一度 もう一度 あなた様にお会いしとうござりました)
春は 紙に向かい、経を書き始めました。
櫓(やぐら)の周りでは 何人もの僧侶が経を唱え始めました。
やがて 松明(たいまつ)を持った従者が櫓に火を伝わせました。
「やめろ!! 春!! 春ーー!!」
押さえつけられている影頼(かげより)は泣き叫びました。
春は和尚様から頂いた 小さな弥勒菩薩(みろくぼさつ)像を胸に収め
炎に包まれながら経を書いてゆきました。
火の粉は天高く舞い上がり 満月の光さえも遮るほどでした。
民の望んだ雨が降り、 帝の名声は更に上がったのでございます。
これで実りの秋が迎えられると 誰もが喜んだのでした。
◇
「影頼、 何を見つめておるのじゃ」
帝の閨(ねや)から外を眺める影頼は
いつも憂いを抱えて 前よりも一層美しく見えました。
そうして手のひらを上に向けて そっと想い人を浮かべるのでした。
(春・・・)
ひらひらと 小さな花びらが芳しい香りと共に
影頼の手に舞い降りたのでした。
~終~
お届け絵画 おおた慶文
お届け曲 坂本美雨 『CHILD OF SNOW』
