自分は,40歳台前半に病気に罹って社会から離脱して以降,この約10年の間全く生産性のない毎日をダラダラと過ごしていて,1mmも1gも社会に貢献していない。
妻をはじめ,立派に活躍している同世代の仲間たちの様子をSNSや会合で見聞きする度に,自分の不甲斐無さを思い知らされる。
まあ他のヒトたちと比較する必要なんか全然ないのだが,何せ元々の性格が超ネガティブだから,いつも
「どーせオレなんかなーんの役にも立たねー世間さまのお荷物よ」
という卑屈な気持ちを胸の隅っこに引っ掛けて静かに毎日をやり過ごしている。
2017年12月下旬から2018年01月上旬にかけて,血液製剤の投与を受けるために,ある国立大学病院に入院していた。
通算11回目のこの入院は,何人かの旧友が病棟まで見舞いに訪れてくれたりしてうれしい出来事もあったのだが,いつにも増してツラくタフな治療メニューであった。
そんなタフな入院も終盤に差し掛かった2018年01月上旬のある日,経済学者として大学で教鞭をとる↑旧友のSNSの記事に目がとまった。
来日した台湾のスポーツ自転車の世界的ブランドGIANTの元社長である羅祥安氏の講演を聴きに行ったことを紹介した彼女のその記事には,
「昨今台湾では自転車で7~10日かけて台湾本島一周する「環島」がブームになっていて,それを仕掛けたのがGIANT社であり羅氏自身も既に9回も達成している」
という内容の記述があった。
'80~'90年代,ICチップをはじめ電子部品の生産を中心に大いに沸いた台湾であったが,間もなくその舞台は大陸へ移動し,台湾の経済は冷え込んだ。産業構造の大変革を迫られるも決定的な打開策を打ち出せずもがいていた2007年に大きな転機が訪れた...(おおよその事情)。
台湾の国を挙げてのこの取り組みは,社会人になってから唯一欠かさず購読している東洋経済誌でも紹介されていたので,以前から台湾で非常に大きな自転車ブームが起きていることは知っていた。
最近では,日本国内においてもTV番組で紹介されたり,一青妙氏による環島を紹介する本が同社から刊行されたりして,広く知られるようになった。
「環島」
それまでほとんど気にも留めていなかった単語だったのに,どういうわけかこの日から心がザワザワし始めた。
[きっかけ 2/2]に続く...