【事実は変わらなくても、解釈は変えられます。変わっていきます。】
良い例が思いつかないので自分の体験を書きますが…
ま、他にも当てはまる人がいるかもしれないので。
えっとね、例えば、
「強い語調で叱責を受けた」という出来事があったとします。
その事実は変わらない、とします。
はい、確かに強い語調で叱責を受けました。
だけど、解釈は変えられるんです。
変えられる…というか、
その事によってついた「傷」が癒されると、
自然と「解釈」が変わっていくのです。
変わっていく「余地」が出来る、と言うか………
自分の都合の良いように解釈するってこととも、ちょっと違います。
「納得いかないコトで突然怒鳴られた」という出来事があったとして
(10年間、泥沼の営業職をしてきた私にも、当然そんな体験ありますよ~笑)
その時に、深く傷ついた場合
パニック、恐怖、自分を責めてしまう深い悲しみ、などの感情が生まれます。
で、その時の「悲しい」「怖い」「いやだ」という感情が、
あまりにも痛すぎて、辛すぎたら…
フリーズドライして封印しちゃいがちなんです。
だって、感じたくないからねえ。
これで、いっちょトラウマの出来上がり、です。
「そこ」に「フリーズドライしたネガティブな感情」が埋まっている、という事は、
環境が変わっても、また少し似たような出来事が起きると、
強く反応して、再び傷付きやすい状態です。
「感情を埋めておく」っていうのもね、けっこうパワー使うので、
無意識に疲れるしね。
一番良いのは、「トラウマを作らない」こと
(ネガティブな感情をフリーズドライしない。ちゃんと感じてあげる。)
なのですが、
まぁ、生きていればトラウマの一つや二つや三つや四つありますよ。
「あぁ、あれは、辛かったな…今思い出しても痛い…
トラウマになってるな…」
という、具体的な出来事がある場合は、
「そこに固まって俯いて震えている自分に、イメージの中で会いにいって、助けてあげる」
というセラピーがあります。
(私もやってる、「マトリックス・リインプリンティング」ですね→☆個人セッションのご案内☆ )
あ、でも
諸々の事情で個人セッションを受けられない場合は
とりあえず自分でトラウマの最中に居る自分をイメージして
抱きしめてあげるだけでも良いです。
「怖かったね」
「悲しかったね」
「辛かったね」
「イヤだったね」
って、声をかけてあげて、もし、泣く必要があれば、トコトン泣いて下さい。
そして最後に、「辛かった出来事はあったけど、今はもう大丈夫だからね」と、言ってあげて下さい。
セラピーやセルフケアで、すっかり感情が癒されたらどうなるか?
「怒鳴られた」という出来事は変わらなくても
思い出した時に「恐怖」や「痛み」や「悲しみ」はなくって、
「なんかうるさい人がいるなぁ」
とか、
「私には守ってくれる人もいるし、大丈夫~」
とか、
そんな風に「認知」が変わっていくんです。
「事実は変わらなくても、解釈は変えられる」んです。
だから、
「辛い出来事があったから、この実際に起きた事実は変えられないから、もう立ち直れない」
とかは、思う必要ないですからね。
本人に「癒す決意」さえあれば、必ず「解釈」は変えられますから。
私は自分の体験からも、そう信じています。