震災で68人の職員が死亡・行方不明になった岩手県陸前高田市は18日、人員確保のため採用試験を実施する。新卒17人、中途8人の採用枠に挑むのは計310人という狭き門。市職員だった妻と母を津波で亡くした脇坂貢さん(39)も「妻の遺志を引き継いで、高田の街のために働きたい」と試験に臨む。  県立高田高校バスケ部でボランティアのコーチを務める脇坂さん。妻絵理さん(当時40歳)とともに同部OBで、社会人チーム時代に親しくなった。3月に卒業した長男健吾さん(18)は同部の元キャプテン、現在2年の長女美秋さん(16)も同部員。大会になると絵理さんがビデオカメラを握り、母育子さん(当時66歳)が声援を送った。その妻と母の命を、津波が奪った。  絵理さんがどこで津波に襲われたのか、分かっていない。市の庁舎前で姿を見た、体育館へ避難したという話もある。消防団の遺体捜索活動に加わっていた脇坂さんのもとに2人の遺体発見の知らせが届いたのは、震災から6日後の3月17日。絵理さんの遺体発見場所は、市庁舎から10キロ近く離れていた。  4月。青森県内の大学への入学が決まっていた健吾さんは「故郷を離れたくない」と泣いた。息子の大学進学は絵理さんの悲願でもあった。脇坂さんは健吾さんを引きずるようにして青森行きの列車に乗せたという。「行かせたはいいものの、年ごろの娘とおやじが2人残されて、しゃべることがなくて」。脇坂さんは苦笑する。  6月末、勤めていた特別養護老人ホームを辞めた。月に何度も夜勤があり、娘を独りにさせたくなかった。市職員の中途採用試験を受けることを決め、慣れない家事とバスケの指導を終えた後、試験勉強を続けている。  街の未来を背負うはずの若者を何人も失った陸前高田。「大学卒業後は、必ず戻って働く」。健吾さんの言葉が、脇坂さんには何よりの支えだ。「みんなで、この街を良くするよ」。亡き妻に誓う。【市川明代】 【関連記事】
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